「災害ユートピア」という考えがある。大災害をうけた社会に連帯のコミュニティーが生まれることをいうレベッカ・ソルニットの造語だ。僕がとくに警戒しているのが、震災復興の遅れを背景にして、これとは真逆の「災害ディストピア」(ディトピアはユートピアの反対語)ともいうべき事態だ。
災害ディストピアは、政府の政策の失敗によって復興支援が遅れているのにもかかわらず、その責任が被災した人の自己責任に転嫁される事態を意味する。政府当局者がその種の悪しき責任転嫁をする場合もあるし、また社会の一般の風潮や非難として形をなすこともあるだろう。または被災者自身でさえも「自己責任」として復興の遅れの責任を自らかぶってしまうケースもある。この場合は強いスティグマが機能するのではないか。
例えば文庫化された『脱貧困の経済学』の中で、雨宮処凛氏と飯田泰之さんがまさにその事態を以下のように懸念している(文庫にための追加対談)。
飯田 懲罰なんですよ。あ、生活保護っていつのまにか懲罰になってるんだみたいな。
雨宮 いろいろ積み上げてきたものがいっきにこれで崩れたなっていう感じはありますね。
飯田 それでいうと、実は被災地も、次に同じモードになると思っていて。よくないのが…。
雨宮 ああ、「いつまでも甘やかすな」系ですか。
飯田 そう! それ系は本当によくあるんですよ。神戸の人たちも問題になったんですけど。仮設にいつまでも住まわせておくのはおかしいとか。じゃあ、どないせえちゅうんじゃ。
雨宮 住むところないんだからしょうがない。好きでいるわけじゃない。
飯田 うん。阪神・淡路が典型ですけど。まだ、まだ最初の1.2年はもつんですよ。ところが三年目くらいから、報道の方向がくるっとかわる。「まだ仮設に居座っている人がいる!」っていうニュアンスを含む論調になってくる。
雨宮 確か3.11の1年後くらい、雇用保険の受給期間が延びていたようなときくらいから、雇用保険があるから働かないんだみたいな、そういうのが出てきましたね。そう考えると、きっとこれからももっと被災者への視線は厳しくなる。
飯田 ここららちゃんと監視しなきゃいけないと思うのは、どっかでメディアが被災地の人にも同じことを言い始める。「もういい加減甘えるな」みたいな。
本来は震災復興の遅れが政策の失敗であるのにもかかわらず、その責任が個々人や地域のコミュニティの責任に転じられてしまうやり口は、単にマスコミや一般社会の「空気」だけではなく、その政策の失敗の責任をおうべき政府、官僚などから主に発生しやすい行為であることにも注意が必要だ。
僕と上念さんの著作『「復興増税」亡国論』(『震災恐慌!』の新書版)でも、この種の災害ディストピアを、経済の清算主義的な側面から描いている(84頁から106頁にかけて)。
清算主義というのは、ムダな人的資源や物的資源を、市場の「自然」の力で淘汰していくことを良しとする思想である。政府が失業や復興に余計な介入をするとそれだけ景気回復や復興は遅れると考える。清算主義は多くは危機や自然災害が発生した直後よりも、少し時間がたって景気回復や復興が遅れるときに出やすい発想である。日本では景気の遅れについて、しばしば政府や日本銀行や論壇でこの種の清算主義が喧伝されてきた。
現在の政府・日銀のようすだと、今回の震災復興では、十分な費用は出さないだろうし、かつタイミングが遅いということになりそうです。それによって、不況は長引き、やがて民間の責任にされかねない風潮を、僕は警戒したいんです(106頁)。
2011年の3月の僕のつぶやきも参照されたい。
https://twitter.com/hidetomitanaka/status/51489087659577344
わかりやすくいえば、災害で人間的価値の損失をうけた人々が、その災害ではなく、彼ら・彼女らに問題があるからいつまでも被災者、失職者のままであると与謝野的政府から事実上の宣告をうける可能性を僕は指摘している。津波も地震も原発もびた一文自己責任などではない。
この意味では、災害ディストピアは、この種の清算主義や悪しき自己責任を核とした「空気」(実は単なる政策の失敗からの視線そらし)であろう。
さて災害ディストピアがなぜ発生せざるをえないのか。つまりなぜ震災復興は遅れるのか?
この点については、日本経済全体の低迷というファクターが一応おいといても(この点は前記の田中&上念本を参照されたい)、原田泰さんが指摘しているように、復興に関係ないものに支出がむいている(なので必要なところへのお金が足りない)、また効率性を顧みないことでかえって復興のスピードが遅れている、という指摘がある。
以下のインタビューにも概要がまとめられいる。
仮設住宅が埋まらないワケ(原田泰)
引用
さらに、震災復興と関係のないことに巨額の予算が使われようとしている。宮城県の復興計画2次案では、電力の自給体制を充実させ、災害に強い街づくりを目指すため、復興住宅に太陽光発電設備の全戸整備、高台移転で造成する住宅街にバイオマスエネルギーを導入し、エコタウン化を進めるとある。これらはいずれも高コストのエネルギーで、補助金を投入しなければ維持できない。停電に強い街にしたいということであれば、ディーゼル発電機などを用意しておけば済むことではないか。
阪神・淡路大震災でも、震災復興とほとんど関係のないことに予算が使われた。震災の直後も、神戸は、引き続き神戸空港の建設を進め、空港を「防災の拠点」と位置づけ、復興の手段だとした。しかし、空港建設費用は、空港関連施設用地の売却益をあてる予定だったが、ほとんど売れていない。復興どころか、市の赤字を増やしただけだった
また原田泰さんと川井徳子さんとの以下の対談も重要。
ノブレスグループ対談 http://www.noblesse-g.co.jp/interview/03/index.html
原田:地方なら坪50万円程で家が建つ。そんなところで9坪しかないのに500万円ってありえないです 。 仮設住宅は、すごくもったいないと思います 。 ちゃんと仕事のある人は、仮設に2年間いて、あとは自分で家を建てるっていうことになっているのですけど、 実際は高齢者の方々がたくさんいらっしゃって、それができない。でも仮設住宅は公園に建っている訳ですから、出ないといけない。 お金のない人を追い出すわけですから、次は災害公営住宅を別途作らなくてはいけないです。 全部合わせると、1世帯あたり2,000万円から3,000万円かかる計算になります。 10坪の仮設住宅から、鉄筋のアパートに移ったら、それくらいかかる。 そんなことするのだったら、500万円を住宅購入の頭金で渡せばいい 。 それが 不公平だと いうのなら 、最初にもらった人はしばらく近所の人を住まわせてあげればいい。 近所の一人暮らしの人を一定期間住まわせてあげる代わりに、頭金500万円あげますよっていえば、 ずっと安くできると思うのです。
川井:ネットなどで調べてみましたら、去年5月に復興会議ができて、その時点ですでに東京大学の先生方が、被災地に再度津波が 来るかもしれないから、嵩上げするか高台移転をするかということをおっしゃっていました。 学校と公的施設は全部地盤を上げるべきだって書いてありましたよ。
原田:それはね、好きなんですよ、工事が。川井:公共工事が?原田:そうです。公共工事が好きなんです。工事をすることが一番好きだからして いるわけで、コストは考えない 。 自分のお金じゃないから。自分のお金だったらコストを考えます。 「あなたに500万円を渡します。使いみちはあなたに任せます」って言えば、安全とコストを考えてちょっと高いところに家を建てるのでは ないでしょうか 。 それに、ちょっと高いところっていっぱいあるのです。だからと言って海の近くで安全なところに暮らしたいと望む漁師さんたちに、山に住みなさいというのは違います。石巻に行って分かったことは、海に近い川のすぐ近くの家は壊れていても、川から少し離れると壊れていないのです 。1階に水は入りましたが、2階は大丈夫という状況だった。ということは、万が一津波がやってきても2階に移動 すれば流されることはないということです。 であれば、普通の家を建てる場合も1階をコンクリートにして、2階を木造にすれば万が一のときも壊れないということになる。川井:1階を駐車場にしちゃうとかね。原田:石巻にもシャッター通りが ありました。シャッター通りっていうことは、余ってるっていうことですから、そこに人が 住めば いいじゃないかとも思いました 。それだけでは足りないのなら、上に積んで3階建てにすればいいと思うのです 。
効率性だと予算が少なくなり、それだと被災地がかえって困るというのは単純な論理だ。現にいまは効率性をむげにしているために、予算があっても使われず、また復興に関係ないところにもつかわれてしまう。ただ単にお金だけが浪費され(それは多くは土建関係に一時的な収入をもたらすだけだ)、復興は遅れる。予算を十分取るということと効率性は矛盾しない。予算を十分にとっても効率性を犠牲にすれが、予算を十分にとっても復興は遅れる。これが災害ディストピアの背景のひとつだろう。
このほかにも日本経済全体の問題を扱わないといけないが、その点については、先に書いたように田中・上念著を参考にされたい。
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