アメリカ合衆国戦略爆撃調査団『日本戦争経済の崩壊』と内閣総力戦研究所・秋丸機関の話題

Twitterで数日前に書いたものを簡単にまとめました。

 アメリカ合衆国戦略爆撃調査団『日本戦争経済の崩壊』は、経済学者のガルブレイスも入った終戦直後に行われた米国の日本に対する戦略爆撃の効果についての調査。

 精密爆撃(いまで言うピンポイント爆撃)は終戦を早める効果に乏しく、反対に無差別爆撃の効果とその正当性をうたってる。しかもこの『日本戦争経済の崩壊』(米国戦略爆撃調査団)では、その都市部への無差別爆撃の方が、(自国の上陸部隊支援などを目的とする)精密爆撃よりも、終戦効果が大きいかを、たぶん日本経済に対する最初の本格的なGDP統計的手法で分析してる。

 この手法を参考にしたのが翌年の第一回の経済白書ではないか。他方で、この報告書を読むと、大規模な無差別爆撃よりも、鉄道を中心とした精密爆撃がより効果的であるとも読める記述があり、そこは矛盾しているような印象だ。ちなみにこの報告書には戦中に、米国が行った日本への諜報の記録もまとめてある。戦時中にこれだけ予測を展開していたのには驚く。

 この『日本戦争経済の崩壊』は1946年12月なのでその時点での米国がどのように戦時中の日本社会経済を考え、そしてどうして戦争を開始し終わりにしたかの、公式の見解が詰まっているともいえる。

 ところで日本の経済・社会を総体的にとらえる視点は、戦時下の日本にはなかなか難しい作業だった。技術や知識ではなく、「総体」を認識する制度的な仕組みがなかったといえる。例えば、日本が対米戦では必ず負けると研究報告を出した機関がある。著名なのは猪瀬直樹さんの『日本人はなぜ戦争をしたのか』で描かれた内閣総力戦研究所。もうひとつは秋丸機関。こちらの方はこのサイトで「秋丸機関」と入力すれば関連文献がでてくる。http://t.co/IrJxsOTV これらの必敗という総体的な結論をまったく当時の政府は活用することはなくそのままお蔵入りしてしまった。

 米国の戦略爆撃調査報告書に戻るが、ここには付録に戦時中の日本のGDP統計が掲載されている。世界最初のものであろう。しかも興味深いのは、日本でも米国が46年に作成したもともとのデータを所有していたことだ。ところが日本側はそれを日本全体の戦時計画にまったく利用しなかった。なぜか? 

 ちなみに日本は戦時中もちろんやろうと思えば世界水準の戦時GDPを構築できたのは疑いない(都留重人や一橋系の学者がすでにテクニカルをみにつけてた)。だがそれが日本全体の指針づくりには生かされず、活用されたのは大蔵省の財政再建計画にだけ(そのときもかよ、財務省)。

 いま書いた例からだけみると、日本は秋丸機関、内閣総力戦研究所の対米戦シナリオをまったく活用せず、また戦時GDPも単に大蔵省(現在の財務省)が国債消化の財政再建にだけ利用してあとは封印。情報や専門知識の活用が(統制とかそういうファクターとは無縁なことに注意!)まったく活かされてない。

 しかもその1946年12月に出た米国戦略爆撃調査団の『日本戦争経済の崩壊』では、戦時中は米国でも日本がどの程度強い(経済的な面で)か評価がわれていたが、戦後調査してすぐわかったのは日本の官僚組織が戦時体制の運営を事実上「妨害」していたこと。そのセクショナリズムとムダを指摘している。

 秋丸機関の報告書については、原文は東大図書館に所蔵。データで読める。「英米合作經濟抗戰力調査」とこのサイトhttp://t.co/A2JkpazYでEngel利用をクリックしてからワード入力するとでてくる。さらに秋丸機関の概要はここhttp://t.co/01iKKlpOが便利。

 日本人は戦争開始、またはその最中でも、自らの国力、経済力、軍事力を他国との比較で相対的に把握できる技術と知識とデータを持ちながら、それを活かすことがまったくできてない。あえて隠してさえいる。残るのは常に精神主義と感情の過剰な露出が優先されてしまった。