伊東光晴「私のケインズ研究」メモ

 ケインズパイロット・シンポジウムに行ってきました。ただ昨日の疲れで第一シンポの途中からで(浅田統一郎さんの発言がやはり説得的に僕には思えました)、最初から最後まで聞いたのは伊東氏のもの。日本経済思想史に関心があるのでやはり。ただ残念なのはあまり自分の知識に付加するものはなく、既存の日本におけるケインズ『一般理論』の導入研究をある程度知っている人には物足りない内容だったのではないだろうか? 

 ただ一橋に入る前の伊東氏のケインズ『一般理論』との接触は興味深いものがあった。以下、簡単なメモ書きをそのままに。

伊東氏講演についての田中のメモ

昭和20年予科に入る。
21年12月にケインズにふれる。東洋経済で行った鬼頭仁三郎のケインズ一般理論講義。ここで原材料を加味した乗数理論の波及過程について認識を深める。サミュエルソンの乗数理解と異なる。
23年3月古谷弘(東大助手)のケインズ一般理論講義を聴講。古谷はマルクスボーイ。その延長でヒックスの『価値と資本』に題名で関心をしめす。結果的に、ケインズの一般理論を読まずに、古谷のケインズ解釈はヒックスによる。伊東氏は古谷から流動性選好の理解を得る。

一橋などの戦前・戦後のケインズ一般理論導入史の概説を伊東氏は語ったがこれについては類書で読んでいたのでメモはとらず。聞き流す。

23年、一橋に入学。杉本栄一がケインズ研究の中心。福田徳三譲りの原書講読→伊東氏は杉本流の学生を相手にした原典の読みの実際のライブを演壇で再現(ケインズ古典派の第二公準批判を一例に)。これはなかなか興味深い。こういうのはライブでないとわからないので。

杉本ゼミでは伊東氏が入ったときには一般理論はやっていなかったので独学で学習。クライン『ケインズ革命』、サミュエルソンの45度分析が指標。理論研究、非線形のマクロダイナミクスの研究→いま何も残ってない分野。

助手になる。杉本のアドバイス。「理論ではなく学史をやれ」。伊東はケインズにきめる。しかし当時の経済学史学会では理論史は無理(無理解?)。社会史・思想史研究アプローチを採用

伊東の当初の研究プラン
1 イギリス研究ー植民地国家の中で諸経済思想はいかに対立していたか ムーアとの関係
2 シュンペーターからかりてドイツ論
3 アメリカの制度学派に依拠して開拓民のマインドなどを解明しつつアメリカ研究

この三部作構想。

杉本栄一の訓詁学的影響→戦前に聴いてた宮崎義一にも影響。宮崎は横浜国大で伊東に講義依頼。当時の横国では「学風創造運動」で教科書によらない授業。そこで伊東はケインズの一般理論の訓詁学的授業を宮崎ら他の教員も参観、そして互いに講義中に学生にも活発に質問しながら行う形式を五年間続ける・「一般理論講義」→後に宮崎との共著『コンメンタールケインズ一般理論』へ。実際には公刊されたものの三倍の量があったが圧縮。

古典派の第二公準批判のライブ。第二公準と古典派の貨幣数量説の相互依存関係の指摘 ←ここを否定するのがケインズ理解の肝

宮崎との相違点 1 総供給関数の形状、2 宮崎はヒックスのISLMで総括したがそれには反対

都留重人のアドバイス(もともとは都留へのシュムペーターのアドバイスにもよる?)「学史ではなく政策をやれ」。

『現代に生きるケインズ

若い世代への妥協の書としてのケインズの一般理論。これの妥協を明らかにし、本来のケインズの主張を明るみにするのが伊東の解釈。

効率・公正・自由これらはケインズにとってはすべて手段。その時代にとって最も重要なものを「直観」で判断。ムーアやベルクソン。モラルサイエンスとしてのケインズ。他に社会思想史としてのケインズ、例外としてのケインズ(国際体系の中でのケインズ)の探究の必要。

ケインズとバブル。バブル崩壊には有効需要政策は限定的な効果しかないとケインズはできないものはできないと認めている、として伊東氏は暗に今日の政策論議に結びつける発言。

若田部昌澄氏からの質問

1 ケインズはなぜ難しいか  → 伊東:名文家だから
2 ケインズのバブル観に関連し、ケインズの一般理論の第22章「景気循環に関する覚書」から「景気循環に対する正しい救済策は好況をなくしわれわれを永続的に半不況の状態におくことではない。不況をなくし、そしてわれわれを永続的に半好況の状態におくこと、それこそが正しい救済策なのである」を若田部氏指摘。

これをうけて残念ながらケインズのバブル観はフォローされることなく、伊東氏の現状の政策論が展開。小野善康氏のように増税で景気回復では順番がだめ。まずケインズ大衆社会を前提。まず社会保障の充実、雇用の回復などを公共支出を増額し所得を増やすことなどで実現。この成果をみせてから増税(日本には富裕層が層が薄いので所得税ではなく付加価値税で行うのがいい)する=政策転換税の導入。

3 現代マクロ経済学についてどう思うか? →伊東:杉本栄一のアドバイスからだめそうなものは読まないを実践w。合理的期待など現実的ではないからだめ

僕の感想だが、最初にも書いた以外では、ケインズのバブル観が面白い話題だと思う。伊東氏はケインズバブル崩壊を完全に救済することが不可能と認識とした。対して若田部さんの質問はケインズの第22章によってバブル崩壊から深刻な不況に陥ることをさける面が問題として提起されている。ここで両者の問題にする面がずれている。むしろケインズは本当にバブル崩壊の不況が有効需要政策で本格的に回復可能とは信じていなかったという伊東氏の発言をもっと突っ込んで議論してほしかった。

日本のケインズ経済学の導入を簡潔に知るには以下が便利

ケインズとの出遭い―ケインズ経済学導入史

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