すでにいろんなところで話題になっているので詳細な紹介は不用だと思うけど、明治以降から現代までの財務省(旧大蔵省)の流れを、特に今日的な話題である財政均衡的な発想(その一部に増税議論がある)の発祥とその展開、現代の問題までを実に明瞭に整理した、日本の現状に関心のある人、誰もが読むべき必読書でしょう。
倉山さんはさすがに論客だけあって、本の書き方も鮮やかです。まず結論をずばり本書の冒頭で提起して、読者の心をつかみます。
「最初に断言します。デフレ不況下で恒久的増税を行うーこの政策は完全な誤りであると。そして、もしこのデフレ不況下で恒久的増税が実現すれば、それは日本の近現代史上、初めてのことであると。さらに、増税は大蔵省百五十年の伝統に反する行為だと」
財務省はそのホームページを検索すればわかるように、ネット情報も豊富でアーカイブも充実していますが、その膨大な資料を駆使して、倉山さんは財務省の歴史を通じて、日本の歴史、また帝国憲法からの日本の憲法をめぐる問題を、いままで「常識」だと教えられ、流布している考えを正しながら書きすすめていきます。憲法論議の中でもこの本はやはり必読の一冊でもあることでしょう。僕も帝国憲法について実に教えられました(特にそのような「常識」に、「戦前は議会が弱かった」というのがありますが、本書では議会の権限の強さがかえって予算編成などの混乱を招いていたことが記述され面白いです)。
各章ごとにまとめがついていて、それを確認しながら読み進めていくと記憶に残るでしょう。また井上準之助、濱口雄幸、高橋是清のそれぞれの経済政策のスタンスの変遷を、詳細にたどり、特に井上の経済思想の位置づけに、倉山さんが丁寧に解説しているところは類書にはない周到さを感じさせます。この部分だけでも僕は本書の価値マックスです。
また日本の世俗的知識の根源の一つにある城山三郎文学の負の遺産三部作(『官僚たちの夏』『男子の本懐』『落日に燃ゆ』、まだありますが)への批判的読解の一部も展開されていてとてもいいですね。城山三郎、司馬遼太郎、山崎豊子らは何度も批判的に読み解く必要がありますね。
ともかく本書の前半の戦前編は、おそらくいままでの教科書的な解釈を実証的にくつがえすまさに爽快な一編です。これらの倉山さんの解釈と、私たちの『昭和恐慌の研究』での解釈とは整合的で、なおかつ倉山さんの歴史解釈で補強されているのが心強いですね。
後半は戦後編です。特に僕が注目しているのが、経済安定本部と大蔵省主計局との対立です。これに占領軍内部の路線対立がからみ、戦後の経済動向のだいたいの流れが形成されていくのが面白いですね。個人的に、経済安定本部的な経済政策観が、このときには大蔵省によって阻止されたにもかかわらず、なぜか隔世遺伝して、いまの勝栄二郎氏らの脳裏に忽然とよみがえりしているというのが、僕の見立てです。笑ってしまいますが。
やはり池田勇人の功績は、その「ブレーン」下村治らとの評価をふまえてまた再考したいと思いますし、やはり田中角栄的なものは、一種の経済安定本部的なよみがえりの第一陣だったのではないか、それが猛烈なショックを与えてその負の遺産がいまもあるような気がします。田中角栄の遺産は何度も考えてみたい気がします。そのときにも本書の田中角栄と大蔵省との攻防も基準になるものでしょう。
「失われた20年」については、財務省に日本銀行が重要な「パートナー」で登場です。この財務省の旧植民地であった日本銀行といまの財務省の協調・反目そして結果としての大停滞をいかに解決するか、倉山さんたちとともに今後も考え、そして動いていきたういですね。連休後半になりましたが、すぐに読めるのでぜひご一読ください。
検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む (光文社新書)
- 作者: 倉山 満
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2012/03/16
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