「ヒトの価値が下がっているのが日本だ」(武者陵司×若田部昌澄「悲観論とたたかう 日本経済復活の道」)

 異色の対談といっていいかと思います。ただ武者さんは、かなり僕らと近い見解をもっていて、基本的にケインジアン的見解に立ちそこに民間エコノミストらしい独自の政治経済的(時には地政学的)発想を加えてユニークな発言をする方です。

 その武者さんと若田部昌澄さんとの対談が『公研』という小冊子[会員配布のみに掲載されていて、これが実に読ませます。端的に面白い。これは媒体が一般的に知られているものではないだけにちょっともったいないですね。それだけの充実した内容で、日本経済、欧州危機の展望、日本とアメリカの社会や雇用システムの違いなどが分析されています。お互いの論点がかみ合っているので読みやすい。これなんとか一般の人もよめないだろうかしら? 

『公研』の最新号 http://www.koken-seminar.jp/new.htm

 全編にみなぎるのは、日本に多い成長悲観論への批判と、日本の未来の成長を信じそれを裏付ける理論と実証的発言の数々ですね。これには励まされます。

武者:私は反成長論に対する徹底的な批判を展開しています。いわゆる縮小均衡はあり得ない。それはむしろ日本経済を際限のない泥沼に陥らせると考えています。いままで人類は、成長によってもたらされる副作用を成長によって解決してきました。

若田部 成長ができないという思い込みが、成長は望ましくないという考え方と連携しつつあります。成長はできないという人が増えると、若者が起業家精神を失って、リスクテイクしないようになって、自己実現的に低成長になっていく。一方で、では低成長で我慢できるかと言うと、これもなかなか難しいですね。アダム・スミスは「人間には自分の境遇をよくしたいという欲望が備わっている」といています。低成長で行こうとしても、誰かが何か新しいことをやり始めると経済は改善していくし、成長につながるポテンシャルはいつも残る。いまはその成長へのポテンシャルが失われないかどうかの瀬戸際だと思います。だから、この段階で日本経済が復活するかどうかは非常に重要です。
 

 この成長悲観論の根幹に不十分な金融政策の在り方があることについて両者に意見の相違はありません。その上で、武者さんも若田部さんもデフレ(日本)やインフレ(米国)が、日米の産業構造の在り方に影響を与えていること、特に日本についてはデフレの持続が、産業構造の転換を妨げているとします。

 武者さんはまず日米のサービス産業の在り方に注目します。米国のサービス産業(教育、医療、サービス、娯楽含む)は低生産性で賃金が上昇で雇用増加。典型例はホテル。他方で製造業や情報産業などグローバル化に直面しちぇいることとは賃金抑制かつ雇用減少。

 武者:生産性の低いセクターは、グローバル企業が稼いだ所得を、米国人全体が享受するためのチャンネルになります。生産性が上がらないセクターが本当に必要だったら、インフレによって賃金上昇を保障する。不可欠な産業における賃金上昇を可能にするためのインフレは、経済が成長すればするほど必要だと思います。(略) 日本は失業率が4%台で賃金が上がってない。賃金が上がらないということは結局、生産性が低いセクターは、実質的な意味で所得が下がっていくということです。それによって悪循環が起こる。なぜ日本で賃金下落のデフレという悪循環が起こったかと言うと、実力以上の円高と、その背後にある金融政策が影響したからです。

 この認識は、昨日のエントリーで岡田靖さんがいっていたことと同じである。デフレによって本当に必要な介護労働に人が移動しない(そこは労働環境がきびしく低賃金のまま)、そして多くの人が農業や公共事業など労働者があまり要らない部門にはりついたままになる。それと過度な円高は、輸出産業だけではなく、ホテルのように多くの雇用するポテンシャルのある観光部門といった輸入競争企業の経営をも圧迫するでしょう。

 武者さんは日本のデフレがもたらす雇用への悪影響を、今度はユニットレーバーコスト(生産一単位あたりに要する人件費)に注目します。

武者:基本的に、同一労働・同一賃金の背景にあるのは、同一生産性・同一賃金で、これは世界中で甘受されていくと思うんです。日本を見ると、生産性は結構上がっているのに賃金はむしろ下がっていて、結果としてユニットレーバーコストが下がる。生産性が高いのに、労働者が十分に処遇されていないのが日本です。(略)。
若田部:なるほど。ヒトの価値が下がっているのが日本だと。

 武者さんのユニークな解釈では、米国もドイツもいま効率化でこのユニットレーバーコストを抑制している。これが両者の競争力の源泉。しかしこれを抑制してデフレになったらもともこうもない。しかし金融政策がデフレ回避で緩やかなインフレを実現している。そのために、将来の所得の上昇をもたらすための好循環の核にこのユニットレーバーコストの抑制がなっている。つまり労働費用の抑制→高い生産性(=高い競争力)→生産性の実現を図るマクロ的な緩やかなインフレ環境⇒高い将来所得の実現、ということだろう。

 日本もデフレからインフレになれば、ユニットレーバーコストの抑制が好循環に結び付くだろう、と武者さん。それをうけて若田部さんも日本の可能性について語ります。

若田部:私も日本は、ポテンシャルがかなりあると思います。日本人は忍耐強いし、よく働くし、中等教育までの教育水準も非常に高い。ただ惜しむらくはマクロ政策が悪い。これがうまくいけば、大きく復活してもおかしくないという感じがしますね・

まさに日本の復活は、日本銀行の金融政策がキーなのだ。これは何度いっても言い足りない。

「失われた20年」の終わり ―地政学で診る日本経済

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