国債は将来世代への負担だ、と考える愚かな人たちに向けて(2022年12月10日改変版)

 岩田規久男先生の『経済学的思考のすすめ』は素晴らしい本である。特に財政再建問題の中核がなんであるかを詳細に議論している。と同時に「素人経済学」の代表である辛坊兄弟の著作を徹底的に批判していることも特徴のひとつだ。

 さて本書にはデフレ脱却問題を中心に、さまざまな経済問題について、素人経済学の直観的考察を次々に論駁している。中でもためになるのが、財政再建に関しての記述だ。多くの素人経済学は、財政再建を人質にとり、危機感をあおっている。しかしその多くがインチキくさいものである。ここでは財政再建問題についてのいくつかのトピックスのうち、「国債は将来世代の負担になるのか」というテーマをみていく。

 財務省も多くの素人経済学も「国債は将来世代の負担になり、政府サービスの受益と負担に関する世代間不公平の原因になる」と喧伝している。テレビや新聞などでもよく目にするタイプだ。中には国の会計を家の家計と同一視するものもいて唖然とする(この点の批判も岩田先生の本には詳細に論駁が提供されている)。

財務省も一般の人も(しばしば経済学者でさえも)将来世代は税金を納めて、国債を償還しなければならないから、国債は将来世代の負担になる、と考えている。しかし、将来世代の誰かが償還される国債を持っているはずである。したがって将来世代は、一方で国債償還のために税金を納めるが、他方で国債償還を受けている。つまり、将来世代のポケットから政府にわたったお金(税金)は、国債償還に伴って将来世代のポケットに戻ってくるのである」

これは日本のような対外純債権国であれば外国人が国債保有していてもあてはまる。この点については財政破綻の可能性について、ギリシャと日本の違いが冒頭でも詳細に紹介されている。

 さて上記の財務省や素人経済学の多くの主張は間違いである。しかしここからが本書の本番だ。実際にはそれらの主張とは違う形で国債が将来世代の負担になることがある。それは日本銀行の間違った政策に原因する。

 国債が将来世代の負担になるのは、まとめると「納税を選択したときよりも国債を発行したときのほうが、予想実質金利が高くなれば、国債は将来世代によって負担される」となる。これだけではわかりにくいだろうから(岩田先生の本はこのエントリーよりも丁寧に説明しているので基礎知識などに足りない人はぜひ本書を手にとられることをすすめる)、以下に国債累増についての岩田先生の発言をそのまま引く。ちなみに予想実質金利とは、名目金利から予想インフレ率を引いたものである。日本のようなデフレでは予想インフレ率の項がプラスになるので、名目金利が例えゼロであってもプラスになることに注意。

一般的なイメージだと名目金利があがると借金のツケが大きくなるので、将来の負担が増えると想像しがちである。しかし名目金利よりも重要なのは予想実質金利である。

「仮に、人々の予想インフレ率を一定として、名目金利が上昇すると、予想実質金利は上昇する。これは、民間投資を抑制する可能性がある。現在世代が納税を選択した場合よりも、民間投資が減少すると、将来世代が利用できる資本設備が減少するため、将来の国内総生産は減少する。将来の国内総生産が減少すれば、将来世代が消費できるものも減少するから、将来世代の効用は現在世代が納税を選択したときよりも低下する。その結果、現在発行される国債は将来世代の負担になる」181-2ページ。

これは円高のケースでも似たような現象が起きる。詳細は岩田先生の本を読まれたいが、注記すべきは過度な円高もまた日本銀行の政策に基づく。

さて、先の引用では仮定で一定とされていた予想インフレ率をいまの日本の現実にあわせ、また名目金利もいまの実情にあわせて、その上で国債累増の効果をみてみよう。岩田先生は次のように述べている。

「それでは1990年以降の国債の累増は将来世代の負担になるであろうか。国債残高は1998年頃から急増し始めるが、当時の国債(10年物)の名目金利は1%台後半だった。国債名目金利はその後どんどん低下して、03年5月には0.53%にまで低下した。その後もあがったとしても2%以上になることはなかった。すなわち、国債残高の累増は名目金利の上昇をもたらさなかったのである。しかし、日銀の不適切な金融政策は続いたため、デフレが長期化し、予想インフレ率はマイナスになってしまった。これにより、名目金利が低下したにもかかわらず、予想実質金利は上昇してしまった。この上昇は投資を抑制するとともに、円高をもたらした。これらは予想インフレ率が2%、3%程度で推移したときに比べて、国内総生産と消費と雇用と輸出の減少をもたらし、国民の効用を低下させたのである。」

日本銀行によつて高めに維持された予想実質金利は、経済成長を低下させ若い人の失業を増やし、さらに若い人を養う中高年世代の家計を直撃する。さらに国債の将来世代の負担もこの高い予想実質金利によって「負担化」していく。

「日銀の不適切な金融政策はすでに長期にわたって国民に負担を押し付け、将来世代にさらなる負担を負わせようとしている。このことこそ、日本国民がいま最も理解し、事態を改善しなければならない経済問題である」。

さらに本書では財政の維持可能性問題(国債価格の暴落などの可能性)についても詳細にかかれている。この点は本ブログでも直近の岩田先生の『デフレと超円高』エントリーで説明したのでここでは省略する。

財務省日本銀行など官僚たちの都合のいい説明や、なぜかそれらと同じマスコミや素人経済学にだまされないために読むべき力強い本である