『3.11の未来』に収録された、『現代日本のアニメ』(中央公論新社)で著名なネイピア氏が、今年ハーバード大学のワークショップで行った講演の翻訳。原題は「The Anime Director, the Fantasy Girl, and the Very Real Tsunami: Miyazaki’s Imagination of Disaster from Conan to Ponyo」とあるように、宮崎アニメにおける災害に関する想像力の多面性を、彼の作品『未来少年コナン』から『崖の上のポニョ』まで振り返るもの。翻訳はその講演の抄訳だが、それでもネイピア氏の慎重で周到な分析がよくわかるもの。
映画ポニョにも津波が押し寄せるが、それは妙な明るさ、古代回帰、そしてあまり明白に描かれていないが「船の墓場」や漁村の壊滅的な風景(しかし死の匂いは暗示されているだけ)など、多元的な津波のスペクタルとして描かれている。
ネイピア氏は宮崎駿氏のアニメの中における災害への予行演習的側面に特に注目する。それは一種の精神的なトラウマをも、災害への精神的な耐久力とともに、もたらす可能性があるという。ネイピア氏はそれを「心的外傷前ストレス障害」としてPTSDとは区別した「症例」としている。ここでは、ゲンジツ(アニメで描かれた仮想体験)と現実がより深くリンクしているということだろう。
ネイピアの議論を読んでいると僕は小野耕世氏が訳したピーター・ミュソッフ氏の『ゴジラとは何か』を思い出す。特にすぐれているのが、その最終章の分析だった。ミュソッフ氏は、ゴジラ映画に対する、アメリカと日本のとらえ方の違いを描いている。アメリカ版のゴジラはひたすら未知な怪物である。それはアメリカにおける暴力が何か原因のわからないことに起因して頻発しているからそのほうが親和的であるという。対して、日本のゴジラは、そのイメージの中に、戦争、あるいは地震などの災害の体験が複雑に潜んでいる。と同時に特に初代ゴジラは、最後には退治されその脅威は去ることによって観客はトラウマから逃れることができる。しかし、ゴジラものはたびたびリメイクされることで、日本の観客に自らの災害へのトラウマを思い出させるだろうと。ここにもネイピア氏の心的外傷前ストレス障害という観点と共通するものを読み取ることが可能かもしれない。
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現代日本のアニメ―『AKIRA』から『千と千尋の神隠し』まで (中公叢書)
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