高橋洋一『この経済政策が日本を殺す』

 高橋さんから頂戴しました。ありがとうございます。副題に「日銀と財務省の罪」とありますが、まさにこれが本書の内容を端的に表現しているでしょう。どうも日本のあいまいな風土では、経済問題があたかも自然現象で生じるという見方が支配的ですが、多くのマクロ的な経済問題が政府・中央銀行の関与によるというのは経済学の常識的な見方なのです。また今回の東日本大震災に続く復興政策の遅れも、天災ではなく人災によることも多くの人には明白でしょう。本書では、政府(財務省)と日本銀行の政策の失敗について集中的に議論されています。高橋さんのほかの本でもそうですが、過去の政策関与の経験から導き出された具体的で、官僚たちのさまざまなトラップを暴く手法は本書でも健在です。

 「はじめに 災害復旧・復興の原理」から始まり、全部で5章から構成されています。「第一章 日銀の無策が日本を殺す」では民主党政権菅内閣ーが「雇用」を重視しているのにもかかわらずまったく失業率が改善していないこと、そしてその直接の原因が日本銀行の事実上のデフレ政策に原因があるという。デフレは実質金利を高めにすることで、消費た投資を冷え込ませる。それによって雇用に悪化が及ぶ。しかも市場は日本銀行のスタンスによって、あと10年はデフレが継続すると予測している。しかし日本銀行はデフレをあまり問題視することなく、審議委員もただの順送りまた政府への政治的な対抗のみという、事実上の金融政策の放棄を決め込んでいる、というのが本書の重要な指摘です。

 ところで日本銀行に並び本書で批判されているのが財務省の行動です。特に「第4章 どうしても増税したい人々の論理」にある、財務省が政治家たちに「経済成長で財政破綻する」とか「景気が良くなると財政破綻する」という「ご説明」のロジックはまさに噴飯ものです。もしこれが真実ならば、(日本よりはるかにまともな成長率や景気の安定を示す)先進国のほぼすべてが日本よりも先行して財政破綻に直面してしまうでしょう。しかし残念ながら20年前と同じ水準の経済規模に停滞している日本だけが、深刻な財政困難に直面しているのです。

 この点について高橋さんが書いていることを長くなるが引用しておく。

 彼らは財務省の資料を根拠としている。毎年予算の参考にと、国会に提出されている「後年度歳出・歳入への影響試算」である。
 今年1月に出された2011年度版によれば、名目成長率が1%上昇した場合、12、13、14年度の税収増はそれぞれ0・5、0・9、1・4兆円である。一方、金利が1%上昇した場合、国債費の増加はそれぞれ1・0、2・5、4・2兆円としている。
 これをもって、税収増より国債費増が大きいので名目成長を上げるのを否定する人はかなり多い。私が知っている首相秘書官経験者は、名目成長が上がると財政破綻すると信じ込んでいた。そのためか、その首相は本来成長論者であったにもかかわらず、在任中は成長をあまり主張しなかった。
 この数字にはトリックがある。国債残高は600兆円だ。もしすべて1年債であったなら、金利が1%とすると次の年に6兆円増加して、その後は増えない。実際には1年より長期の国債もあるので、徐々に上がり数年経って6兆円まで上がるが、その後は増えない。
 ところが、名目成長が1%アップすると、時間が経過すればするほど税収は大きくなる。数年経つと6兆円以上増える。財務省の資料は、3年までしか計算せずに利払費が税収より大きいところだけしか見せないのだ。
 ある国会議員が3年より先まで計算するように要求したが、財務省が頑として計算しなかった。しかし、単純な計算だから表計算ソフトでも確認できる。
 もし経済成長して財政破綻するなら、名目成長率は日本はOECDでビリであるので、日本以外の国はとっくに財政破綻しているはずだ。ところがそうなっていない。成長は財政再建を含めて多くの問題を解決できるからこそ、OECDが目的のトップに掲げている。

 この景気回復による長期金利の動向については、岩田規久男先生の著作や、その他にも過去の歴史からみた点でも僕らの著作で何度も触れられている。要するに「景気回復(経済成長)すると財政破綻する」ということを吹聴する人も、それを信じてしまう政治家もちょっといかれてしまっている(国際的には恥ずかしくて人前に出せないレベル)といっていいだろう。まさに亡国の住人たちである。

 本書では他の章、特に「第五章 復興の経済学」でも、現時点で進行している東日本大震災をめぐる政治経済状況について実に鋭利な分析が書かれていて勉強になるだろう。東電ー政府(保安委、原子力委員会経産省)−マスコミの、お互いの既得権維持のもたれあいが明瞭に描かれていて、それは高橋さんが指摘するように、日本銀行財務省、マスコミの関係に似ていて不気味でさえある。

この経済政策が日本を殺す 日銀と財務省の罠 (扶桑社新書)

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