“なにもしない日本銀行”から“少ししかしない日本銀行”へ(政府は最小の支援で満足するのか?)

 群馬の講義を終えて、臨時の政策委員会・金融政策決定会合が開催されているのをラジオのニュースで聞きましたが、帰宅したら落ち着く間もなく連発で雑誌の取材を受けたのです。そこでも話したのですが、今回の日本銀行の政策はいわゆる「時間軸効果」(低い金利にすると宣言することで経済主体の将来の短期金利予想を低める政策)を中心として、おまけで結果としての日銀のバランスシートの膨張が生じる、という理解でいいのではないかと思います。

 つまり01年に日本銀行が採用したゼロ金利(時間軸効果)+量的緩和日銀当座預金残高目標)という政策とは異なり、簡単にいうとその組み合わせの前者だけを採用しただけといえます。ですので一部の報道が日銀が市場に10兆円を資金供給すると強調してますが、これは注意が必要でしょう。というのは従来の日本銀行の採用した「量的緩和」ではないからです。もっと消極的な位置づけです。この消極的な位置づけを、報道によれば、白川総裁は「量的緩和のようなもの」と「のようなもの」に託しているのでしょう。ここらへんの理屈付けはそのうち総裁記者会見などで明らかになるんでしょう(僕はまだ読んでません)。

 そして先に結論をいうと、日本銀行はいままでも景気対策として金融政策を事実上放棄してきたが、今回はデフレ対策、景気対策としてほぼ最低限のことしかしなかった、ということです。日本の悪化していく経済を積極的に支える意思よりも、やはり明日に予想される首相と総裁の会見を意識した、「景気対策」や「「デフレ対策」ではなく、一種の「政治術」が今回の政策決定の主なる原因でしょう。つまり「アリバイ」づくりですね。そしてこの程度の「アリバイ」で鳩山首相が納得してしまえば、2日の会談は緊張感もない、事実上の骨抜き会談になるでしょう。そしてそれは政権が事実上、日本銀行のデフレ対策の責任を放免し、自らその責任を引き受けることになってしまうでしょうね。

 しかもある意味で注目すべきですが、審議委員全員の賛成で議事がまとまったことです。要旨をみると11月20日のものと今回の臨時のものとの現状への差異は以下のように整理できます。

今回

わが国の景気は持ち直しているものの、設備投資や個人消費の自律的回復力
はなお弱い状況が続いている。先行きについても、2010 年度半ば頃までは持
ち直しのペースは緩やかなものに止まる可能性が高い。物価面では、消費者物
価(除く生鮮食品)の前年比が来年初にかけて下落幅をかなり縮小させた後も、
物価の低下圧力は残存するとみられる。金融面をみると、企業金融は、厳しさ
を残しつつも改善の動きが続いている。しかし、このところの国際金融面での
動きや、為替市場の不安定さなどが企業マインド等を通じて実体経済活動に悪
影響を及ぼすリスクがあり、この点には十分な注意が必要である。

前回

わが国の景気は、国内民間需要の自律的回復力はなお弱いものの、内外における
各種対策の効果などから持ち直している。すなわち、公共投資が振れを伴いつつも
増加を続けているほか、内外の在庫調整の進捗や海外経済の改善、とりわけ新興国
の回復などを背景に、輸出や生産も増加を続けている。設備投資は、厳しい収益状
況などを背景に減少を続けてきたが、最近では下げ止まりつつある。個人消費は、
厳しい雇用・所得環境が続いているものの、各種対策の効果などから耐久消費財
中心に持ち直している。この間、金融環境をみると、厳しさを残しつつも、改善の
動きが続いている。物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、経済全
体の需給が緩和した状態が続く中、前年における石油製品価格高騰の反動などから、
下落している。
3.先行きの中心的な見通しとしては、2010 年度半ば頃までは、わが国経済の持ち直
しのペースは緩やかなものに止まる可能性が高い。その後は、輸出を起点とする企
業部門の好転が家計部門に波及してくるとみられるため、わが国の成長率も徐々に
高まってくるとみられる。物価面では、中長期的な予想物価上昇率が安定的に推移
するとの想定のもと、石油製品価格などの影響が薄れていくため、消費者物価(除
く生鮮食品)の前年比下落幅は縮小していくと考えられる。
4.リスク要因をみると、景気については、新興国・資源国の経済情勢など上振れ要
因がある一方で、米欧のバランスシート調整の帰趨や企業の中長期的な成長期待の
動向など、一頃に比べれば低下したとはいえ、依然として下振れリスクがある。物
価面では、新興国・資源国の高成長を背景とした資源価格の上昇によって、わが国
の物価が上振れる可能性がある一方、中長期的な予想物価上昇率の低下などにより、
物価上昇率が下振れるリスクもある。


以下、個々の比較を行う。*は僕のコメントである。

(今回)
わが国の景気は持ち直しているものの、設備投資や個人消費の自律的回復力
はなお弱い状況が続いている。


(前回)
わが国の景気は、国内民間需要の自律的回復力はなお弱いものの、内外における
各種対策の効果などから持ち直している。すなわち(以下は詳細な理由付け)

*以上、判断は同じ

(今回)
先行きについても、2010 年度半ば頃までは持
ち直しのペースは緩やかなものに止まる可能性が高い。

(前回)

先行きの中心的な見通しとしては、2010 年度半ば頃までは、わが国経済の持ち直
しのペースは緩やかなものに止まる可能性が高い。

*以上、判断は同じ

(今回)
物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比が来年初にかけて下落幅をかなり縮小させた後も、
物価の低下圧力は残存するとみられる。

(前回)
物価面では、中長期的な予想物価上昇率が安定的に推移
するとの想定のもと、石油製品価格などの影響が薄れていくため、消費者物価(除
く生鮮食品)の前年比下落幅は縮小していくと考えられる。
(略)。物価面では、新興国・資源国の高成長を背景とした資源価格の上昇によって、わが国
の物価が上振れる可能性がある一方、中長期的な予想物価上昇率の低下などにより、
物価上昇率が下振れるリスクもある。


*差異あり。「物価の低下圧力は残存」というデフレ継続の可能性を断言している

(今回)
金融面をみると、企業金融は、厳しさを残しつつも改善の動きが続いている。しかし、このところの国際金融面での
動きや、為替市場の不安定さなどが企業マインド等を通じて実体経済活動に悪
影響を及ぼすリスクがあり、この点には十分な注意が必要である。


(前回)
リスク要因をみると、景気については、新興国・資源国の経済情勢など上振れ要
因がある一方で、米欧のバランスシート調整の帰趨や企業の中長期的な成長期待の
動向など、一頃に比べれば低下したとはいえ、依然として下振れリスクがある

*前回と差異あり。今回はいわゆる「ドバイショック」による国際金融面のリスクを重視している。しかしここで注意が必要だが、日本銀行はリスク要因をもとに政策を微修正したことはほとんどない。リスク要因はいわばアリバイ中のアリバイに等しい文言でしかない。もちろんリスクの蓋然性が大きいからそれが政策の微修正につながった可能性を完全には排除できない。

 ここまでやや詳しく比較したのだが、僕は冒頭にも書いたが、これは日本銀行の「政治術」にしかすぎないと思う。だが、その「政治術」の言い訳が、今後、この中央銀行の行動を自己拘束するならば、その彼らの理由を知るのも悪くはないだろう。

 そこで上記の比較から注目されるのが

1 将来のデフレ圧力が残存することを明言したこと

2 国際金融面でのリスクの存在

が前回と今回の大きな差異である。わずか10日あまりの間に、なぜ1のような立場に変更したのか、それを総裁らは明確にすべきだろう。僕にはデフレ対策の必要性などつい数日前まで言明していなかった総裁(流動性供給はデフレ対策に役立たないという趣旨の発言をしたばかりである)が、まさに舌の根も乾かぬうちにこのような彼らなりの「政策転換」(僕からみればただの政治術)を下したのであれば、まさに日本銀行の欺瞞きわまれりである。

何もしないよりはいい、というまさにザ・素人の意見が発生することが考えられるが、昨日のエコノミストのエントリーを参照されたい。求められているのはビックバンなデフレ対策である。実はこの種の逐次投入型の金融緩和こそ、90年代前半、後半にそれぞれ繰り返され、それが日本の停滞を決定的にしたことはよく知られている。というか少し記憶を取り戻すべきだ。日本銀行のこの「逐次戦力投入」こそ、昨日、浜田宏一先生が書いたような、日銀流理論イデオロギーのまさに結晶でしかない。だから僕は今回の政策に「政策転換」などとは絶対つけない。むしろさらなる長期停滞の幕開けともある意味読みとれるのだ。

 民主党政権がその政権を長期化したいならば、日本銀行の制度改革ー現在の日本銀行の事実上の解体ーこそ緊急の課題である。