ジョン・B・テイラー『脱線FRB』

 テイラーによる手厳しいFRBと政府当局への批判の書。今回の金融危機が、01年からのFRBの政策の失敗により原因が形成され、そして危機発生後からはその政策の割り当てを間違えたために危機を長期化させてしまった、という主張を、実証的かつ直感的にわかりやすい図表や指標を用いることで解説した小著である。巻末には竹森俊平氏の有益かつテイラー批判を別な角度から批判的検証をした解説が付されている。もうひとり大津敬介氏が補論を書いているがあまり必要性を感じなかった。

 テイラーの議論は非常に明瞭なので直接書籍を読んだ方がいいと思うが、彼のFRB批判は主に三点に集約される。テイラールールに従っていた20世紀の「大いなる安定」の時代(80年代後半から90年代)から、01年を契機にしてFRBはその「ルール」から逸脱しはじめた。特に超低金利の期間を長くしすぎたことで、住宅ブームを引き起こした。その意味ではグリーンスパンFRBの政策運営が金融危機の淵源を生んだ。

 さらに金融危機発生後では、その原因がカウンターパーティ・リスク(取引相手方に破たんや債務不履行などが発生するリスク)であることを認識することが遅れてしまい、当初はそれを流動性危機とみなしてしまった。そのためFRBは大量の流動性供給という間違った政策の割り当てを行った。実際にはカウンターパーティリスクには、銀行のバランスシートの質的改善、透明性向上などの銀行政策が有効であった。銀行の情報開示、金融機関への資本注入などをするべきであった。この割り当ての失敗で、危機は長期化してしまった。いまはカウンターパーティリスクであると当事者は一致している。

 また大量の流動性の供給、金利の急激な引き下げ(テイラールール基準からみて)は、その引き下げによって石油価格などの急騰を招き、それが国民経済に打撃を与えた。そして危機の長期化とかさなり、不適切な金融機関の救済が重なることで、08年夏の終わりのより深刻な危機をも招いた。

 今後はグローバルなインフレ目標の設定、既存の金融機関の救済枠組みの各国による適正な設定、「大いなる安定期」での金利ルールへの復帰などが課題になる、というのがテイラーがこの本で主張したことの要点である。

 竹森さんの解説はテイラーの主張への批判的視座として有益である。特にこれは世界同時金融危機になぜ至ったのか、やはりその原因と波及のメカニズムをテイラーが必ずしも明らかにしていないことにある。テイラーが本書で書いたのは、住宅ブームの形成とFRBの政策の失敗との関係である。それは住宅ブームの崩壊もテイラーのルールからの逸脱で説明できるかもしれない。しかし、なぜ住宅ブームの崩壊が、全世界に同時危機に至ったかまでは本書では書かれていない。竹森さんが書いているように、(政策の失敗を認めててもなお)民間経済の脆弱性が大きく世界同時危機にかかわっていたことを無視できないのではないか。さらにこれも竹森さんが指摘しているのだが、カウンターパーティリスクと流動性リスクを峻別できるのか、できるとしてもカウンターパーティリスク対策として流動性の供給自体を割り当ての失敗と断定することができるのか? という問題である。例えば日本でもリスクの軽減としても中央銀行流動性供給が有効であることを岩田規久男先生は指摘していた(昔では小宮隆太郎氏との論争において)。

 あと日本のように危機前から実質デフレ経済であるような国にはどのような対策が有効であるとテイラーが考えているかである。少なくともカウンターパーティリスクの程度が欧米に比較して低いこと、がいわれている程度である。例えば日本の政策当局が、欧米の金利政策の動向に過度に反応している結果として07年の実質デフレ状態での「出口政策」の採用とその後の失敗が帰結したのか、そもそもテイラールールによる評価さえも実質デフレ経済では不適切ではないか、なdいろいろ考えるところも多いだろう。

脱線FRB

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