サブプライム危機メモ「ふつうの不況が世界を覆う?」

 ちょっと必要あって作成した簡単なメモを以下に。竹森俊平さんが『資本主義は嫌いですか?』で開陳したのが、サブプライム危機による世界バブル崩壊というシナリオだったのに対して、僕は主にこの間お会いした原田泰さんとの対話をヒントにして「ふつうの不況が世界を覆う」という視点。

 以下はラフなメモ書きなので誤記・誤解が多いかもしれないので注意(断り無くそのときは修正する)。最近の新聞や雑誌などから情報は拾ってある。

1 金融安定化法案修正案雑感

 最大約75兆円の公的資金での不良資産買取(無条件なのは2500億ドル、約26兆円に当初案から引き下げられた→金融機関の財務体質の強化が狙い。ただし買取価格はまだ不明)。政府が株式取得の権利を保有、時価会計の一時的な凍結を証券取引委員会が権限をもつ。経営陣の報酬抑制(貪欲グリーディを促すようなインセンティブの抑制→世論向けか?)、預金保険の支払額の上限の引き上げ、住宅課税の軽減、自転車通勤への補助金w、児童控除の切り上げ、政府が保証する低金利ローンへの借り換え促進、研究開発投資への優遇税制などほとんど金融システムの安定化に関係ない諸項目が「パッケージ」として並ぶ。

 政治的な交渉を反映して雑多な内容だが、狙いはとりあえずは金融システムの安定化にある。ただ金融機関が保有する不良資産が経済全体を本当に停滞させてしまうか、あるいは不良資産を公的資金で買い取ることの経済効果には議論の余地が多い。

 金融危機解消の要諦は、僕の思うところ、中央銀行の潤沢な資金供給(最後の貸し手としての機能)これがまず中心。さらに金融危機解消には、その中央銀行(もちろん政府と協調)が経済主体の不安要因を払拭するような 一種の市場とのコミュニケーションが必要。例えば金融安定化法案自体が議会で通過すること自体は何の実態的なものを伴わないが、それでも法案を通過させることが政府・中央銀行の金融システム安定化へのコミットを明確にするだろう。逆にこれが今回のように否決されるとこの一種のコミュニケーション効果が逆方向に作用して資産価格を大きく変動させ金融システムを一時的に不安定化することもあるだろう。

 ここらへんは日本の経験でも重要。過去に竹中・木村ショックは不良債権処理のハードランディングを行うという意思を市場がうけとり株価は急落した。その後、翌年のりそな救済のときには、今度はそのようなハードランディングを政府が放棄し非効率的な金融機関・大企業でも市場への影響を考えて救済するという意思を市場が受け取ったために株価は以後反転上昇していったと思われる(野口旭さんら)。例えば後者のケースは、それはりそな救済ではなく日銀の株式買取の効果ではないか、という指摘(竹森俊平さん、植田和男氏ら)も存在する。野口旭さん、竹森俊平さんらいずれの見解にせよ、株価急落以後の清算主義的な自然治癒としての株価反転という立場ではないことに注意。

 では、今般の米国では法案否決で株価急落→再議決の可能性で株価やや取り戻す→下院で修正可決でも株価安定→しかしその後また株価は大きく下げた。この点をみると今回の修正法案自体をまだ市場は(資本注入などの選択肢の不在など)不十分なものをみている可能性が大きい。

 ただし先にも書いたように金融危機の要諦の二点でもっとも重要なのはマネーの供給であり、これを(国際的な協調を含めて)行うことにコミットすることを表明していくほうが実は重要ではないか、と僕は思うのだが。

2 今回の公的資金投入スキームの有効性はどうか?

 原田泰さんの論説を敷衍する(「アメリカの失われた一年」http://www.dir.co.jp/publicity/column/080303.html)。日本経済が1980年代末からのバブルとその崩壊で作った不良債権の額は100兆円で、日本のGDP500兆円の20%だった。一方、アメリカのサブプライムローン関連の不良債権は3000億ドルで、アメリカのGDP14兆ドルの約2%余りであると言われている。それを考えると隠れ不良資産や今後の住宅価格の低下がある程度続いてもこの倍に膨れ上がっても既存のスキーム(75兆円)で対応可能になる(もちろん修正案は機動的であるとはちょっといえないが)。原田さんの指摘のように、アメリカ経済の規模に対してやはり不良資産の比率が小さいことも幸いするだろう。また一回下院で否決されてしまったことによって株価が急落したが、その後修正されてあまり時間をおかずに再可決された。この政策決定のスピードはやはり賞賛に値する。 ただしさらなる対策は、やはり大統領選挙マターがからむのでやたら不透明。そのことを市場が読み込んでしまいなかなか
不安払拭にならず(短期の資金需給だけでなく、金融への不安は例えばマンキュー、コウェンらが指摘するような実質利子率の上昇ももたらしているようだ)。
 
 さらに株価の低迷が含み損を発生させたり、また住宅価格の低下が継続し、あるいは国内の景気悪化も不安定要因になっているのも事実。特に住宅価格の下落はしばらくは続くという予測がある。現状では回復には遠く、S&Pケースシラー指数をみてもかなりの幅(すでに一昨年のピーク時から20%超下落、地域によっては50%近く)で低下している。一説では30%ほど住宅価格はこれからまだ低下し、来年の夏まで続くのではないか、といわれている(M.フェルドシュタインらの危惧など)。この住宅価格の安定化対策として今回の法案にもいくつかそれらしい項目が入っているが、日本でも過去に同様なものが採用されたがそれほど効果があったと思われない。むしろマクロ的環境の改善がこの住宅価格の下げ止まりに貢献する(もっとも地域格差は今後も残るかも)。

3 流動性危機、ふつうの不況と日本
   
 今回のリーマン破綻から何が起きたかを考えてみると、それは流動性危機だった。リーマン破綻(9月15日)、そしてAIGアメリカンインターナショナルグループ)の公的管理などによって、市場で流動性リスクが高まり、短期金融市場のスプレッドが急騰した(3%急騰)。FRBはもちろん、各国中央銀行が協調してドル資金を積極的に供給してこの流動性危機の回避につとめた。もちろんリーマンを破綻させておきながら、なぜAIGは救済したのかなど議論はあった。しかしこの国際協調による流動性危機の回避は非常に効果があったと思う。一般に流動性の危機があるときは中央銀行が最後の貸し手として積極的にマネーを供給すること、それに加えて金融システムを安定化させることに積極的にコミットしなくてはいけない。個々の企業や金融機関の救済がモラルハザードを招くなどというミクロ的な議論よりもマクロ的な手法が重視されるのが流動性の危機への対処の要諦だと思う(一昨日の若田部さんの発言参照)。もちろん現状ではまだ不確実性が払拭されたとはいえないがある程度のスパンをとればやがて事態は終息に向かうと思われる(ただユーロ圏への不安は残り続けるのがやっかいか?)。

 実体経済はどれだけ悪いのだろうか? 「ふつうの不況」が各国で起る可能性は否定できない。まず株価が下落したことで(逆)資産価格効果が働きそれが消費を低迷させて景気を直接悪化させるかもしれない。またこれに加えて石油関連製品や食料品などで値上がりがありこれも家計や企業を圧迫しただろう。アメリカでは失業率は6.1%に悪化し、失業者数もかなり増加した。不況入りの正式アナウンスはまだされていないと思うが(成長率や消費・投資は現時点では底堅い)、次第に減速していくだろう。しかしFRBの積極的な金融緩和措置の効果がラグをおいて効いてくるだろうからそれほど長期化することはないだろう(不良資産の拘束性についても原田論説の紹介でふれたように過度の長期化をもたらすようには思えない)。

日本への影響は? すでに日本銀行の政策により経済失速してきたのは明確。このブログでもこれは何度もとりあげたので詳しくは書かない。金融政策がどの国でもキーなのに日本だけ不正常な政策の形。もともと将来のリスクを織り込んで量的緩和解除、ゼロ金利解除を日本銀行は選択したはず。それが十分な下げ幅を確保できないまま今回のリスクに直面してしまった(日銀独自の理由付けからも失敗は明白)。これはサブプライム危機のせいではなく、単に日本銀行の判断ミス。このミスを解消するためにも政策の転換必要。 日本が「ふつうの不況」で終わることができるのか、さらに「失われた10年プラスアルファ」の中の比較的に苦しい時期にまた落ち込むのかどうかは、政府・日本銀行の政策にかかっている。