しかし雇用増やすにはマクロ政策、椅子を増やすにはマクロ政策 とまるで選挙の宣伝のように連呼しているのに、それとはまったく違う新卒の就職の効率化の必要性を強調しただけで、まさかこの僕がマクロ政策不要論だとか、椅子を増やすことに無頓着かのように、みなされるとはいやはや恐れ入りました。わざわざマクロ政策は脇に置いといてと断りを書いたのにもかかわらず、そういうのは一切無視。がっくり。
ところで雇用を増やすこととと就職の効率化とはまったく違う政策目的であり、それぞれ違う政策が割り当てられる。前者の雇用を増やす方は、マクロ政策。後者であれば、昨日のエントリーの話題ならば、例えば、就職相談のカウンセラーの導入、就職情報の収集などがあげられる(ちなみにその個々の大学に合うような就職情報をパソコンで検索可能にするサービスなどもいろいろあるが無料や廉価のはあまりつかえないみたいである=つかえるのはおカネがかかる)。学生が就職相談できる場所を設置するとか、就職情報の検索用のパソコンだとか、場合によっては留学生向け(国外就職、国内問わず)には独自の対応も必要だろう。これは単に就職情報を収集するための効率化を促すものでしかない。
こういうことにお金を使うことが、学生の力を強めることですでに失職している人を不当に圧迫する、椅子を学生が奪うだけ、という批判があるみたいだ。しかしそういう批判の仕方こそ間違っている。椅子を増やすことはマクロ政策の出番だからである。
この種の就職情報や相談の効率化は、それ自体は学生の就職の無知や非効率性を解消することができるので厚生を高めるだろう。学生がより就職についての知識やスキルを高めることが大きな問題になるケースは、学校の就職指導・相談が不適切な介入である場合である。言い方をかえれば、学生たちがその就職の非効率性を自ら解消することができるか、あるいは介入の度合いが不適切な場合だろう。
このいずれの可能性も確かにある。大学も就職指導に過度の期待をするのは間違っている場合が多い。しかし他方で、昨日も少しふれたが、例えば外国人留学生の就職について。外国人留学生の就職情報などあまりにも不足している。例えば留学生を採用する企業でさえも大学・学生が現状で十分な情報を得ているとは思えないし、また国内外での就職相談の準備にも大学はなにかと不足=お金がない というのが現状だろう。もちろん旧帝大とか早慶とかの就職コア層(だいたい2万人。大卒の就職希望者はだいたい44万人)ではない*1、その他何10万もいる就職非コア層の就職活動の非効率性の問題ももちろんあるだろう。
たかだか数億円ないし10数億円だかのおカネぐらい出しても僕はそんなに過大な投資が行われたとは思わないけどね。適用される全国の大学が400くらい(大学の数はもっとあるが)あるとして仮に10億円使えるとして、一校あたりせいぜい250万円か。まあ、これを効果のわりには高い出費とみるかどうか、250人就職する学生がいたとして平均1万円。500人いたら五千円か。就職相談のための(プライバシーなどをまもれる)一角をつくればそれだけでお金がなくなる額ではある。
他方で、なんかこのくらいの額だせば劇的になにか就活が促進される、と僕が信じているように風潮する人がいるが、悪いけど上にも書いたけどそんな大きな期待はほとんど抱いてない。しかし本当のささやかな期待は抱いている(金額に見合う程度の効果)。そもそもアジアからの留学生を中心に三十万人いれるそうだけど、その各国の就職事情さえわからんもの。知るためにはお金いるから。留学生(日本人でも)がアドバイス聞いてきても「自分でやってちょうだい〜」と突き放せるような環境ではないからね(そう思いたい人はもう説得する気もおきない)。それができる人が大学教員であるならば、幸福ですね、と遠い目でみるだけである。