上野泰也の袋小路?

 上野泰也「日銀vsデフレスパイラルリスク」

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1759 より

 日銀の首脳陣の過去・現在の発言をもとに、上野さんは日銀が近い将来にデフレリスクの深まりを一段と認める方向になるのではないか、と予測している。僕も現状では、この日銀の人たちの官僚的な仕事ぶり(前例踏襲主義)からいってすべて後の祭り的な事態に十分陥ったころに、なし崩し的な政策の微修正が行われることを予測している。そして表現は改めるのだが結局は何もしないだろう。

 ところでそういう日銀の現状判断については上野さんの分析には共感するところが多いのだが、毎度のことだが、上野さんの処方箋はいまいちわからない。ベースはクルーグマン流動性の罠モデルなのだろうということは以前から気が付いていたが、その「正攻法」的処方は人口増加による需要圧力の増加というものらしいことが今回よくわかった。

 日本経済が慢性的デフレ状況を脱却する上で必要なのは、一時的にせよ日本に滞在している人口の増加を多方面から促すことによって国内需要の「地盤沈下」的なダウントレンドを食い止めることを主軸とする、政府サイドによるいわば正攻法の施策である。日銀の役割は、超低金利をしっかり維持する、金融市場に資金を十分供給する、といった「守り」の施策ということにならざるを得ない。円高対策としての0.1%追加利下げ(ゼロ金利政策)や「時間軸」導入も、デフレ状況を抜本的に変えるほどの効果は、もとより期待できない。日銀ないし日銀券の信認・信用を無理にでも傷つけることを通じてインフレマインドを人為的に醸成しようとするような「劇薬」あるいは「実験」的な施策は、決して望ましいものではない。

 しかし人口増加を多方面から促すというのはデフレ状況を脱却する政策として望ましいだろうか? 人々が将来の人口減少(および高齢化)を忌避して、構造的な超過貯蓄を行うことがマイナスの均衡実質金利を必要にするというのが大まかなクルーグマン流動性の罠の筋書きだった。だからといって将来の人口増加を人々に期待させる政策を行うことが、そのようなモデルの中で「正攻法」なのだろうか? それが「一時的」な政策として語られるとなると僕にはいったい何を上野さんが言おうとしているのか正直理解に苦しむ。

 むしろそのような人口増加つまり「産めよ殖やせよ」みたいな戦時経済モードではなく、上野さんが「」つきであれ「劇薬」とか「実験」的とかいわれている政策を採用したほうが、国民への負担も少ないのではないか。女性に子どもをより多く持つように国家がさまざまな手段で誘導していくよりも、僕は人々が金融政策の誘導によってデフレ期待を打ち消される方がよほど日本社会にとってデフレ克服の簡単な道であるように思える。

 あるいは上野さんがいいたいのはこういうことだろうか?

 民主党がいま想定しているような子育て支援の金額を「一時的」にではなく、「恒常的」に増やしていき、それが出生率の増加につながるかどうかは無視して、子どもをもつ家庭ないしこれから持つであろう家庭の予算制約をかなり改善する規模行われたとしよう(例えば世帯あたり年50万円以上はどうだろうか?)。そのためには、おそらく政府の予算再編成だけでは財源が不足するだろう(「恒久的」だと信じ込ませるだけの仕組みが必要だから)。そうなると、上野さんが「」つきで書いていた「劇薬」「実験」的なインフレマインドの変化を伴うような、日本銀行と政府の協調(アコード)が必要になってくるだろう。わかりやすくいえば、巨額の「恒常的」子育て支援の財源を日銀が提供し(長期国債の引き受けにより)、それをもとに政府が「恒久的」な子育て支援を行うと宣告するのである。実際にそれが出生率の増加をもたらすかどうかなど個々の人々の選択にまかそう。むしろここでは個々の家計が予算的に楽になると将来にわたって思うことがより重要だ*1

 このような「正攻法」であれば、過去に昭和恐慌期に高橋是清蔵相が行った政策を現在やるだけで「実験」でも「劇薬」でもない。戦前では、その予算膨張のかなりの部分は軍事費にいき、そのため是清蔵相自身その引き締めに移る過程で暗殺されたという意味では「劇薬」かもしれなかった。しかし今回の「恒常的」な財政・金融政策の合わせ技にはそのような軍事クーデターの可能性はないだろう。あるとすれば日本銀行や一部市場関係者の官僚的な前例を壊されたことに対する(国民からみれば何の問題にもおもえない)怨嗟の声ぐらいではないか? 

(補遺)上の記述を書いてからgooに上野さんの『Voice』論説からの転載をみつけた。これを読むかぎり、上野さんの「需要促進政策」はとんでもない袋小路にはまったように思える。脱力したので書かないが以下の1から4まですべて過去に戦時経済の日本が「産めよ殖やせよ」とやった人口政策の(無意識か意識かしらないが)焼き直しである。そういう人間のライフスタイルに政府が直接手を下したり、アニメ文化観光などといったコンサルタント業務の延長みたいな見込のない産業政策よりも、とりあえずたった2年くらい前までは曲がりなりにもデフレ期待は本格的に解消されなかったが、縮小したのは確かであり、そのような確実な総需要刺激策を最低でも7,8年根気よく(途中で(富裕層への累進税率アップ以外の)増税金利上げをすることなく)行えば足りるだけなんだが……orz*2

以下、http://news.goo.ne.jp/article/php/business/php-20090914-01.htmlより引用

  ここで筆者は、(1)少子化対策の格段の強化(おカネとインフラの両面が重要。補助措置を講じつつ、大企業に託児所設置を義務付けてはどうか)、(2)観光客誘致策の強化(世界遺産、アニメや音楽などのほか、冠婚葬祭など日本の独特の風習も観光資源になる。韓国などが行なっている「医療観光」の政府支援も一案)、(3)移民の受け入れ(長期的には避けて通れない課題)、(4)外国企業の誘致促進という、4本柱の「滞在人口増加策」を提唱したい。

*1:子どもをもつ世帯以外にも非子育て支援として年50万以上「恒常的」に支払うのもいいだろう

*2:エントリー題名は最初、「上野泰也「日銀vsデフレスパイラル」だったが、現在のものにgooの記事を読んでから変更した