白川方明日本銀行総裁のデフレ原因論→「日本銀行に責任ないってば」(要約)

 少し前の話題になるが備忘録の観点から書いておきたい。白川総裁がテレビ(ワールドビジネスサテライト)で日本銀行の政策について説明したことがあった。僕はテレビをみる余裕なかったので主に上念司さんのTwitterの「実況」で読んでいた。

 ここでは(上念さんのTwitterも参考にしながら)以下の上野泰也氏のまとめに依拠してわが国の総裁の経済観を考えてみたい。

 白川日銀総裁がテレビ出演http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2427

 白川総裁はデフレの原因を3つあげている。1)規制緩和など内外価格差の是正、2)労使が雇用確保を重視しサービス産業などの賃金低下を許容した結果、3)一番重視しているのが、バブル崩壊後の国民の自信の喪失が需要不足を生み出した、というものである。

 この三番目が最も重要なのだが、要するにこれは期待成長率の低下であり、それを是正する主要な役割は日本銀行ではなく、政府にある、というのがこの総裁の話の中核である。3)に先行する1)は規制緩和だとかグローバル化の必然であり、これも日本銀行のせいではない、といいたいのだろう。2)は労使の自発的な行為でありこれも日本銀行のせいではない。そもそもの不況は3)や1)の結果であるのでもちろん日本銀行はこの労使の交渉をもたらした要因ではない。

 さてこの3)は現代風(とはいえいまから話す「昔」はたかだか7〜9年前のことだがw)に翻訳されていて気がつかない人も多いだろう。これは「構造改革主義」と僕が名付けてきた発想そのものである。もう「構造改革」自体が死語になっているため、ここでは総裁の話に合わせて「自信喪失仮説」とでも呼んでおこう。

 この「自信喪失仮説」の中身について、僕は『経済論戦の読み方』の中でまとめたことがあるので以下に表現を直して引用しておく(構造改革主義を自信喪失などに修正)


「自信喪失仮説」の経済理論は、たとえば企業の設備投資計画は、将来の潜在成長率に依存していると考える。例えば小泉ー竹中政権時の『経済財政白書』は、期待潜在成長率が一%上昇すると、設備投資は二−四%上昇するという関係を導き出し、それゆえ期待潜在成長率の一%の上昇は、現実の経済成長率を〇.三%−〇.七%上昇させるだろうと予測していた。

 いいかえれば、期待成長率は自己実現的な性格をもつ。期待成長率が高まれば設備投資や消費が拡大し、現実の経済成長率が押し上げられる。現実の経済成長率が高まれば期待成長率もあがるというわけである。この際に期待潜在成長率の上昇に寄与するのは、「自信回復」への政府の強いコミットメントである。おまけとしての日本銀行の弱い追従である。
 「自信回復」の実現への期待によって、総需要(設備投資、消費の増加など)と総供給の増加という一挙両得が可能になるとかって説明されていたし、いまの日本銀行の考えもそうであろう。

 図では「自信喪失仮説」の考え方が描かれている。自信喪失仮説の考え方でも90年代の初めに何らかの原因によってデフレギャップが発生する。そして政府が主導して自信回復へのコミットを力強く行うことでこのギャップを解消し、自信回復の成果に見合った潜在GDPに見合った経路に戻ろうというわけである。図表ではC点から始まり、従来の潜在GDPのトレンド(D)に復帰し、さらに自信回復によって従来の潜在成長経路を上回るトレンド(E)にもっていくということである。

 まあ、さすがに「自信回復」でトレンドEまで景気よく回復するというシナリオを白川総裁は口に出してはいない。そういう打ち上げ花火は政府の役目であり、日本銀行は概ね潜在成長率を1%と見積もりそれを現実の成長率が上回りそうなときは「バブル」(資産市場の歪みだとか金融リスクだとかいろいろ能書きがあるがわかりやすくいえばこれ)を叩くために利上げ、出口、フォワードルッキング、「正常化」などとこれまたいろんな修辞で引き締めをするだろう。

 さてここで面白いことが起きるw この「自信回復」の手段はなんだろうか? 小泉政権のときであればそれは「構造改革」であった(当時の速水元総裁はそう明言していた)。だけどそうなると1)のデフレ要因にした手前、規制緩和や民営化などの推進とは明言できなくなる。ここで出番が出てきたのが「世界経済頼み」と「産業政策」である。

 ところで世界経済の回復で「外需」が伸長してそれで日本の景気が回復していくシナリオというのは確かにある。他方でそれが日銀が意識しているコアインフレを「改善」していく可能性もあるだろう。このことについては別エントリーに書く。いまは改善にわざわざ「」をつけたことを覚えておいてほしい。

 「産業政策」のようなことをいっていたというのは上念さんの指摘だが、面白いのは自公政権のときは「構造改革」や「成長戦略」に期待し、今度は民主党政権になればその政権が主軸になっている「産業政策」的なものに期待するという態度だ。ここを批判すればきりがないので今日はこれもやめておく。

 ところで上野氏の予測を最後に紹介しておく。

 日銀は新型オペを活用しながらのターム物金利低め誘導を、着実に実行していくことだろう。円高が急激に進むなどで必要が生じれば、新型オペの量およびタームの両面での拡充が、次の一手、新たな「チャレンジ」として実行されるだろう。そしてそのことは、イールドカーブの手前の部分からの金利低下圧力を、中期さらには長期ゾーンへと波及させていく、強力な効果を有している。

 上野氏もチャレンジに「」をつけているところが面白いが、私見によれば本当に日銀がチャレンジ精神をもち、なおかつその政策が「強力な効果」をもち、さらには世界経済の進展に期待をよせるならば、「そのために必要と判断されるようであれば、迅速果敢に行動するという態勢を常に整えている」(白川総裁談)のは、いまだと思うのだが。様子見でじっと市場や政界・世論に「異変」が起きるのを待っているようではこの国の中央銀行は依然として危うい。

 ところで上野論説の紹介を読んで気になったのだが、「「デフレスパイラルを防ぐために流動性を潤沢に供給し、金融市場や金融システムの安定をしっかり維持していく」という発言である。これだけだとなんともいえないが、確か日銀はデフレスパイラルの可能性を否定してきたのだが、これだとそのリスクが顕在化しているから防いでいると読める。まったくよくわからないわが国の中銀である。