若田部さんの新作『危機の経済政策』は過去の3つの経済的危機と今回の危機との比較を図表化していて便利である。
表10−2 三つの経済危機と今回との比較
経済危機 | 1930年代大不況 | 1970年代大インフレ | 1990年代大停滞 | 今回 |
範囲 | 世界、ただし金本位制諸国が中心 | 世界、ただし産油国は別 | 日本 | 世界 |
金融恐慌 | あり | なし | あり | あり |
物価変動 | デフレ | インフレ | デフレ | インフレからデフレ懸念へ |
国際通貨制度 | 金本位制 | ブレトン・ウッズから変動相場制へ移行 | 変動相場制 | 変動相場制 |
政策の失敗 | 引き締めすぎ | 緩和しすぎ | 引き締めすぎ | 緩和が足りない? |
若田部さんは現在の経済危機における「政策の失敗」をふたつの観点から整理しています。ひとつは、危機の発端の金融危機、第2にその複雑な背景です。前者については、リーマン・ブラザーズ証券を破たんさせたことが信用収縮をもたらしたとしています。後者はより複雑で、ジョン・テイラーの指摘したいわゆるテイラールールからの逸脱の可能性を紹介する一方で、そのテイラールールの推計の困難さやまやロバート・シラーによる代替的な説明(バブル生成の個人所得増大の寄与)を紹介しています。また規制の失敗という指摘には規制のほころびを指摘しつつも、規制があれば バブルを防げたか定かではないとしています。
危機への対応については、アメリカの対応の決定的重要性を金融政策、財政政策、規制の各側面から詳細に議論する一方で、わが日本については「二重苦の悲劇」をッ指摘しています。「二重苦」とは、日本独自の経済低迷要因(本格的な景気回復ないままでの不況入りの先行…日本銀行の金利上げ主因)と世界同時危機です。
現状での財政政策は危機の回避には程遠い(しかも財政政策単独では効果が乏しいか場合によっては経済に悪影響)。金融政策との連動が必要だが、現在の白川総裁の『現代の金融政策』は「一連の限定句」を伴う「できない集」である。また06年3月のそもそもの「二重苦」の前半を生み出しいた量的緩和の解除を主導したのは白川であった。これからも積極的金融緩和を行うよりも「できない」と発言し続ける可能性を指摘しています。これは現時点で妥当しているでしょう。
他方で若田部さんはすでに岩田先生との共同論文「高橋財政」に学び大胆なリフレ政策を」などで指摘されていた日本銀行のインフレ目標の導入を含むより積極的な金融緩和政策の実施を求めているわけです。以下は若田部・岩田論文から引用。
国会は今後1年間の新規国債発行推定額を上限として、日銀による国債引き受け額の上限値を決定する。実際の月々の引き受け額は、普通国債と物価連動国債の利回り差から計算されるブレーク・イーブン・インフレ率(期待インフレ率の代理変数)を見ながら増減させればよい。要するに日銀は独自で国債買い入れオペを行うものの、それは長期国債の引き受け額を前提にしてインフレ目標を達成するように運営すべきことになる。ただし、非常事態を脱して直接引き受けを中止するときには、別途日銀にインフレ目標を課す必要があるだろう。
今年の4〜6月期にはプラス成長に転じ、最悪期を脱するという観測があり、白川日銀総裁も5月22日の定例記者会見で楽観的な展望を述べた。しかしそれでも危機発生時点までの回復には程遠く、このまま放置すれば日本経済の危機はますます深刻化する。昭和恐慌は日本経済に破局的な影響をもたらした。それから脱却した高橋財政金融政策の教訓を学ばないならば、われわれは恐慌から脱することはできない。
若田部さんの新作は今回の危機の展望とその対策だけではなく、過去の3つの主要な経済危機から得る「失敗からの教訓」をもとに、経済危機のシステム、それによってもたらされた経済学の変化、経済思想と政策形成過程への影響など話題が実に豊富に書かれているので参照するのに便利ですね
- 作者: 若田部昌澄
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2009/08/20
- メディア: 単行本
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