たかもちげん『祝福王』

『週刊 エコノミスト』か『週刊東洋経済』か、それとも他の媒体だかに寄稿した一文。宮崎哲弥さんに注目していただいた短文。

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 本書はマンガである。しかしただのマンガではない。本書は明らかに80年代後半のバブル経済の爛熟、そして90年代初めのその崩壊という、経済的な高揚感と喪失を経験した日本人の在り方を問うために書かれた稀有な著作である。経済的な挫折感が、まま精神的な空虚感を人々に抱懐させることはよくある。そのとき人間は、物質的な欲望が充足されないことから、イデオロギーや宗教などの絶対的な真理に逃げようとするかもしれない。実際に80年代末期から90年代初めにかけて、そのような大衆の挫折した欲望のあり方を救済するかにみせかけたカルト的な宗教団体、いかがわしい精神セミナーの類が族生した。そのうちのもっとも過激な集団(オウム真理教)が90年代半ばに起こしたテロはいまも日本人の心のどこかに影をおとしているはずだ。本書が書かれたのは91年から92年にかけてであり、その人々の物質的な欲望の満たされなさが、反転して宗教という絶対的な真理を求めていく姿を、あますところなく描いている。しかもユニークなのはその宗教という、絶対的なものを供給するサービスの主体(教祖とか教団とか)が、それ自体、現世的な欲望や生的矛盾に苦悩し、挫折、転生する姿までも描いていることにある。本書に書かれている宗教の姿は現実にはどこにもありえない。しかし本書を読めば、宗教のもつ魅力と偽善・偽悪の両面を読者は深く考えることができるはずだ。世界同時不況によって、現世的な価値観のひとつである経済中心的な考え方の見直しがしばしばいわれている。それはあたかもバブル経済崩壊以降の物語を拡大再生しているかのようだ。いまの時代における喪失感が陥るかもしれない人々の心の飢餓感の行く末とその危険性をみつめるために、本書はまたとない読書経験を与えるだろう。マンガという範疇を大きく逸脱したこの孤高の著作がもっと読まれることを期待したい。

祝福王 1 (ぶんか社コミック文庫)

祝福王 1 (ぶんか社コミック文庫)