クルーグマンがインタゲ放棄したって? 何いってんの?(『Voice』5月号、クルーグマンのインタビュー登場)

 ご恵贈いただいている『Voice』の最新刊5月号。ポール・クルーグマンのインタビュー「日本経済・再浮上への三大戦略」が登場。日本では一部で「クルーグマン自ら、インタゲの有効性を明確に否定した」などということがネットだけではなく書籍ベースでも発言されているのをみて、その不見識に唖然とせざるをえませんでした。

 もっともこの本の中でも明瞭にデフレ不況脱出へのインフレターゲットのすすめを説いていて、以前とまったくかわらない彼の見解を読むことが(英語ではとうの昔に)できたわけです。さてそういう日本風のバイアスは脇においといて、このインタビューは面白い内容でした。

 まず冒頭、日本経済は「4%のインフレターゲットを設定せよ」というズバリな発言。これはデフレ不況脱出のためのインタゲです。

 クルーグマン曰く

 再び日本経済はデフレに戻る、という見立ては現実的になりつつあります。先の景気拡大時でさえ、日本は著しいインフレにはなりませんでした。インフレになりさえすれば問題は解決するという意見もありますが、それはほんとうに難しい。インフレ・ターゲットを設定すればプラスになるでしょうが、これまで誰も進んでそうしませんでしたし、できませんでした。日銀が「10年後には物価水準がいまよりも60%高くなっている」と約束すれば、それで問題はかなり解決するでしょう。はたして日銀はそう約束できるのか。そこでわれわれは悩んでしまうのです。
 

 そうですよね。僕もまさかこんなに長期間、日銀が不適切な態度を維持し、しかも政治側が金融政策を聖域としてまつたく協調努力さえも事実上放棄するとは思いもよりませんでした。物価安定(事実上のデフレ)や金融システムの安定(株価が現状2万円台になったらバブルとか、景気に関係なく金利上げないとまずいとか)が優先され、そもそもの政策目的である日本の国民の厚生がないがしろにされるとは思いませんでした。しかも現状で、日本銀行の政策当事者たちは何の責任も負っていないのですからまさに無法地帯です。まさに「悩み」きわまれりなのです。

 さてクルーグマンの日銀批判は相変わらず続きます。過去の日銀の政策判断もばっさり

 日銀はこれまでも同じように間違いを繰返してきました。1990年代の最悪の時期にもマネジメントを行いませんでしたし、二〇〇〇年八月に行われたゼロ金利の解除も明らかに時期尚早でした。なぜ日本の政策決定者は拡大を諦めるのか、疑問に思わざるをえません。日銀がもっと創造力のあるマネジメントをしていれば、日本の経済もきちんとしていたし、日本経済もいまほどひどい姿にはならなかったでしょう.FRB議長のバーナンキがいま実行している政策は、90年代の日銀政策を批判した部分から生じたものです。

 クルーグマンFRBの政策へのきわめて高い評価(それは過去の日銀政策への批判の延長であることに注意)を以下繰り広げます。

 FRBは金融市場でスプレッド(金利差)をかなり減らしました。借り手もこれまでほどプレミアム(オプションの価格)を払っていません。状況は落ち着きを見せています。量的緩和は本当の成果を生んでいるのです。FRBはとてつもなく革新的で、積極的に行動しています。

 個人的には今回のクルーグマンの発言で驚いたことのひとつ。FRB量的緩和(信用緩和)政策へのきわめて高い評価。ちなみに市場関係者(ドラめもんさんなど)を中心にして、FRBの信用緩和は信用市場のリスク軽減であり、それは景気対策(デフレリスク回避)とは違うという認識があるようだ。しかしそれは単に誤解である。信用緩和というのは、今回クルーグマンがいっているように、信用のアベイラビリティを改善する(借り手のオプション価格の減少、金利差の減少とクルーグマンが語っているところ)ということであり、それは資産価格の上昇をもたらし、担保価値などの上昇をもたらし、消費や投資主体のバランスシートを改善することで、支出を増やす効果が期待できる。これをバーナンキは「金融政策のバランスシート効果」と呼んでいた(バーナンキ「自ら機能麻痺に陥った日本の金融危機」)。またバーナンキ以外では岩田規久男先生の一連の著作にも詳細にこの経路の説明が書かれている。

 このように信用市場のリスク軽減を通じて、総支出の増大効果をもたらすことを、スティグリッツなどは別名「信用のアベイラビリティ」とも読んでいる。これはスティグリッツの教科書にも書いてある初歩的なことである。したがってなぜドラめもんさんや日銀界隈のエージェントのような記者のブログでは、この信用経路と景気対策を切り離すのか意味がわからない。しかもこのおふたりだけではなく、広汎な意見としてリアルな世界でも広まっているようで、この日本特殊な現象にあたまをひねらざるをえない。まるで日銀とFRBの政策をなるべく類似させるか、あるいはFRB景気対策をただのミクロ的な行政処理みたいに貶める行為にしか思えないのだが?

 さらに付言すれば、バーナンキは前掲した論文の中で、消費や投資主体のバランスシートを改善させるには、「現在の実質利子率以外にも、たとえば、現実の価格水準と期待価格水準の間の累積ギャップといった指標を考える必要がある。この例はまた、ゼロ・インフレや穏やかなデフレが、なぜ現代では古典的金本位制のような昔よりもいっそう危険な可能性が高いのかの理由を示している」(清水啓典監訳)。つまりプラスのインフレ率を目標にすべきだ、といっているわけです。さらに注意点は現実のインフレ率と名目利子率から構成される実質利子率よりも、「現実の価格水準と期待価格水準の間の累積ギャップ」を加味したもの、たとえば期待実質利子率の動きが、主体のバランスシートの改善による総支出の増加に重要である、ということをバーナンキはいっているわけです。ここにFRBがなぜ、バーナンキのもとで、信用緩和政策と連動する形で、インフレ目標を議論しているかの根拠が示されていると思います。そしてこの論説はご承知のように日本銀行の政策を批判するためにバーナンキが書いたもので、それを矛盾しない方向にいまのFRBの政策はむかっていて、それにクルーグマンがきわめて高い評価を下したということです。日本の一部の論者に典型的な歪な理解はまさにどこをみているのか?ということになるでしょう。

 もちろんクルーグマンは、この期待実質利子率の動きを重視しています。同じことですが、インフレターゲット(現実の価格水準と期待価格水準の間の累積ギャップの指標)をです。

 日本は継続的に、マイナスの実質金利をとる必要があります。それができる唯一つの方法は、たしかなインフレ・ターゲットを設定することです。日本のインフレ率は他の先進国が目標にしている2〜3%の範囲まで達したことがありません。アメリカは潜在的に2〜2.5%の範囲、イギリスも2.5%に設定しています。永久に需要が不十分な状態で、日本は他国よりも高いインフレ・ターゲットを設定すべきであり、理論的にいえば4%が妥当でしょう。まずは実行可能な物価標準ターゲットを設定し、そのターゲットを達成できるかどうか、自己評価すべきです。

 これでクルーグマンバーナンキ)のリフレーション理論のオプションの中にインフレターゲットが基礎づけられていることが当事者の説明でわかることと思います。

 ただクルーグマンは日銀の自己評価といっていますが、日銀にそんな生易しい対応ではだめでしょう。政治の側からのプレシャーをかけるしかないのです。以前も書きましたが、日本銀行のいままでの行動は端的に民主主義の敵ともいえるものです。そのような無責任な組織に自浄作用は期待できないでしょう。

 クルーグマンはただ(数週間前の岩田先生の日経教室でも同じ評価でしたが)現状の日銀の方向を評価してもいます。これはいままでの議論の延長ではそうでしょう。ただインフレターゲットを採用していないことで、その試みは相変わらず早急な引締め政策に転換することで、またもや日本を回復しても不十分なものにし、停滞を長びかせるでしょうね。僕は日本銀行の政策当事者たちに停滞を最終的に解決できる努力を自主的に行うということに関しては、なんの期待も抱いていません。

 もっとも最近の日銀は、CP、社債の買取、劣後ローンの引き受け、長期国債の買取増加など積極的な政策を打ち出しています。その政策は望ましいことだといってよいでしょう。

 

 以上でインタゲ関係は終り。あと本文では、財政政策、自動車産業とりあえず延命させとけ、どの産業が望ましいかその産業に公的投資をするかなんてバカすぎる、共通通貨の話などいろいろあり。でもエントリー長いのでまたそれは機会みつけて別なエントリーでちょこちょこ書くかも。

 それとクルーグマンはインタゲ放棄したとかいうと論壇の連中を翻意させるつもりはない。確信犯なのでたちが悪い。そういう人たちは放っておいて、何が日本経済に有益なのか、そしてFRBをはじめまともな中央銀行はどんな目的で政策を行い、それはその意図どおりに景気をよくしているのかいなか、に注目するほうがもっとも重要。ネットの誰がどういったこういったなどまったくそれに比べればど〜でもいい。当たり前だけど日本のネットのガラパゴス性を懸念して書いておきます。

Voice (ボイス) 2009年 05月号 [雑誌]

Voice (ボイス) 2009年 05月号 [雑誌]