速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』

 ITOKさんのコメントから刺激されて版元におねだりして献本いただきました。ありがとうございます。意外なことに、速水先生のこの著作が日本で最初のスペイン・インフルエンザの本格的な研究だそうです。僕の祖父母は「スペイン風邪」の記憶を持っていて、「当時はミミズの黒焼きをのんだ」とその昔話していた記憶があります。もちろんそんなものはまったく効力はないのですが、本書を読んでみると正体も不明ならばもちろん対策もほとんど皆無に等しい「新型ウィルス」の脅威に、当時の社会がどのように対処していたか、本書は興味の尽きない史実の数々を明らかにしています。

 特に当時の各地方の新聞を時系列的に精査したり、また植民地などの罹病の状況などもつぶさに検証しているところは、非常に根気のいる作業だと思いました。これを読んでいくと当時の日本社会が各地域ごとにインフルエンザというスペクトルを通して、どのような構造だったのかがよくわかります。本書からはインフルエンザが軍隊などの「強制」を伴う=身体に無理をいわす集団の中で特に重度であったこと、また同様に炭鉱や人里はなれた寒村などのやはり肉体的・健康的に劣悪な環境に陥りやすいとことで同様に重大な損失を与えたことがわかります。特に軍艦「矢矧」での猛威のエピソードは迫真的なものがあります。ひょっとして日本の第一次世界大戦最大の被害は、このインフルエンザによる猛攻だったのかもしれません。

 第一次世界大戦とその後の日本社会の大規模な変質の中で、50万人近い死者を出したにもかかわらず、このインフルエンザの脅威とそれがもたらした教訓は人々の中から忘れられてしまった、というのも別な意味で興味深いものです。実際に僕が研究している当時の経済学者たちにはほとんどインフルエンザの影はみえません。当時の社会政策学会あたりでメインテーマになってもおかしくはないのですが(誰かが触れているかもしれないけれども大きな話題ではなかったと思う……)。その意味で、内務省衛生局の『流行性感冒』は読んでみる価値は大きそうです。

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争