寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門 ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』(中公新書)

 1980年代に日本でもラテンアメリカ文学の大ブームがあって、僕もかなり読みました。集英社ラテンアメリカ文学全集や国書刊行会、新潮社などが意欲的に翻訳を出し、またボルヘスの図書館シリーズが典型ですが、ラテン・アメリカ文学が一種の当時の教養として深く、日本の読者にも影響を与えたのではないでしょうか? 

 いまではブームは沈静化していますが、それでも当時からの潜在的なファンは多くいて、野谷 文昭 ・旦 敬介『ラテンアメリカ文学案内』(冬樹社)に代わるようなハンディで最新の情報を網羅した通史やブックガイドを求めていたと思います。本書はまさにその意味で適役です。19世紀から21世紀までの100年以上にわたるラテンアメリカ文学史の全体を、文化、政治、そして経済、特に読者層と出版業の盛衰にも焦点をあてて記述しているところが類書にない特徴です。そしてスペイン語ポルトガル語、フランス語、英語または地方言語などが錯綜し、また活躍した国々もきわめて多い、このラテンアメリカ世界の文学者たちの活躍が、まさに文化の創造的破壊(タイラー・コーエン)として、60〜70年代に世界的なブームを巻き起こしたことがわかります。

 やがて人間関係や特に政治的な対立などでこのブームは文学者サークルの結託としては崩壊していくのですが、そのときの記述も興味深いです。特に最近のラテンアメリカ文学の紹介もしてあるので、本書を足掛かりにして読書の関心を広げることもできそうです。文学は本当に楽しく、世界の知識を広げる有効な武器だな、と認識させる良書でもあります。またラテンアメリカ文学の世界にふけりたいなと思いました。

著者インタビュー http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/098158.html