ECB利上げ。日本はどう対応すべきか?

 ECBが予想通りに利上げを行った。総合インフレ率や(非加工食品、エネルギー関連を抜かした)コアCPIの最近の上昇基調、さらに消費者・企業の今後1年間における物価上昇予測の増加をみての判断ではないか、と解説されている。またしばしば解説で利用されている理屈は、食料品や原油価格の高騰が、人々のインフレ期待を高め、それが総合インフレ率だけではなく、(食料、エネルギーを抜かした)コアCPIまでも上昇させることにつながるのではないか、という説明である。もっとも多くの解説はどんな物価指数をみて記事を書いているか判然としているわけではなく、曖昧に「インフレ」や「インフレ懸念」などの言葉で代用しているだけであり、正直、私もそれらの解説の書き手がどんな指数を念頭に置いているのかわからないケースがほとんどである。そのような区別などそれらの解説記事では枝葉末節なのかもしれない(もちろんそんなことはないが)。

 ところで日本のケースはどうだろうか? 消費者の一年後の物価見通しをみてみるとhttp://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/2008/0805shouhi.html、最近は前年比でみると急速に物価上昇を予測する割合が増えている。もちろんこの調査票http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/2008/0805chousahyou.pdfをみればわかるように、回答者はテレビや新聞などのソースを参考にして物価の見通しをするように求められているので、それは事実上、食料品もエネルギー関連もこみこみの漠然とした「インフレ」を予測していると考えていいだろう。そして日本でも確かにこの予測を裏付けるかのように総合指数(CPI、総合インフレ率)は上昇している。もっとも日本のCPIはここhttp://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.htmにあるように前年同月比で1.3%であり低水準である。またコアコアCPIではマイナスである。その一方で物価連動債の情報をみてみると一時期デフレ期待が観察されたが、現状ではインフレ期待に転換しているようだhttp://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/bukkarendou/bei.pdf

 さてこのようにどの指数、どのインフレ期待に関する情報を重視するかによって議論はさまざま考えられるが、仮にインフレ期待の増加と総合インフレ率の上昇を非常に(ここ大文字強調)重大視して、利上げへの要請が世間、マスコミ、一部エコノミストの間で高まったとしたら、そのような利上げ政策はなんらかの正当性をもつのであろうか?

 この疑問に率直に答えたのが、岡田靖さんのロイターの記事である。「世界的インフレ下で日銀の予防的引き締めは妥当性を持つか」http://special.reuters.co.jp/contents/insight/index_article.html?storyID=2008-07-02T043039Z_01_TK0113527_RTRIDST_0_ZHAESMB18865.XML

その要点を引用すると、

 穀物原油の価格高騰を「輸入インフレ」として、これを日本銀行が防ぐことができるのか=日本銀行が世界経済に影響を与えることができるのか、という問いに、利上げ論者はまともな答えをもっていない。即ち穀物価格や原油価格の高騰が食料品、ガソリン、電気代などの上昇をもたらしてもそれを利上げで防ぐ、という論理を利上げ論は保有していない、ということである。また「GDPデフレータは依然として1%以上の下落を維持しているし、エネルギーや食品を控除していない消費者物価の上昇率もわずかに1%台の上昇にすぎないのである」という認識も重要であろう。むしろ消費者や企業者が過去の石油ショック時にもメディアで観測された煽りに等しいようなインフレ報道を冷静にみることが、国民経済全体の負担としていまの段階は適当なように思えるのだが。

 なお「石油価格の上昇それ自体が問題(=不況をもたらす)なのではなくて、石油価格上昇に反応して金融引締め政策に乗り出したことこそが不況を招いた元凶なのだ」とhickianさんが要旨をまとめているhttp://d.hatena.ne.jp/Hicksian/20060317/1142566882の最後に参照されているバーナンキらの論文Ben Bernanke, Mark Gertler, Mark Watson、“Systematic Monetary Policy and the Effects of Oil Price Shocks(pdf)”も日本の現状を考える上で参考にすべきだろう。また岡田論説の最後にふれられた第二次石油ショックの経験は、1)そのときのインフレはGDPデフレータの大幅な上昇をみてもわかるように国内の金融政策でコントロール可能なものだった、2)「新価格体系への移行」すなわち所得政策的な対応が政府・労使ともに支持するところだった、などがあ注目される。この70年代との比較に関してはecon-economeさんのこのエントリーhttp://d.hatena.ne.jp/econ-econome/20080122/p1をぜひ参照すべきであり、また所得政策的対応への評価もある小宮隆太郎氏の『現代日本経済』や、理論的基礎を示唆しているグラハム・バートの『国際マクロ経済学』の秋葉弘哉氏の解説なども参照されたい。