家計動向関連DIと足もとインフレ懸念、将来再デフレ仮説


 そろそろ終りの『日経公社債情報』の「日銀ウォッチ」に暗黒大陸さんが登場しました。ちまたでのインフレ実感とインフレの実態との乖離をめぐる考察で、非常に興味深い内容です。


 最近も日銀の生活意識調査のニュースがありましたが、人々のインフレ懸念というのは非常に広範なものになってきた印象を受けます。内閣府の消費動向調査でも類似の結果がでています。

 「実感」レベルでは一年後にかなりの人がインフレ率が数%の幅で上昇する。

 しかし「実態」レベルでは現状のコアCPIでは0%をようやく上回ってきた程度。しかも日銀自体は基本的に無視していますが、日本のCPIにも0.5〜1%(あるいはそれ以上)の上方バイアスが存在しているので、それを加味すれば実質デフレ状態がいまも継続している。つまり実態はデフレ継続、しかし実感では人々はインフレを非常に懸念している、というのがいまの日本の社会状況です。


 この実感と実態の乖離は、ブログの中でも多くの人が指摘していますが、消費者がよく買う機会がある生鮮食料品や灯油・ガソリンなどの価格が上昇し、他方であまり買う機会がない家電製品・自動車の価格が減少しているからです。前者の上昇がインフレ実感の心理的根拠になっているのでしょう。もっとも買う機会が多いことがCPIやコアCPIコアコアCPIなどを算出する際に占めるウェイトで大きいとはいえず、それが後者の価格下落の効果もあり、実感と実態が乖離してしまうのでしょう。例えば似た現象は今日の中国でも生じていて、義務的出費である豚肉などの食料品が猛烈に上昇する一方で、コアCPIはわりと低位に推移しています。


 しかし問題はこの消費者を中心としたインフレ実感がインフレ実態に波及するかどうかです(これは中国経済の場合でも論点になるでしょう)。


 ここで暗黒大陸さんはするどい指摘をしています。

「しかし長めのタイムスパンでみると、「消費者による一年後の物価見通し」の上昇は、約6ヶ月のタイムラグで実際のインフレ率の下落につながっている。購入頻度の高い、いわば生活必需品の高騰は、余暇や外食といったサービス消費を中心とする選択的消費を抑制させるためだと考えられる」(2008.1.14 12頁)。

 そして暗黒大陸さんは家計動向DIを参照しています。同誌のは11月調査なので以下は12月のものを引用。


http://www5.cao.go.jp/keizai3/2008/0111watcher/bassui.html



これをみると確かに現状も一年後もDIは低下が著しいです。


 これを説明してみると、家計が名目所得の低下を予想し、将来消費を抑制すること(翻って現時点でも消費抑制)、それが将来時点のデフレを招く可能性が大きいという「予測」が提起されるわけです。


 この「予測」はあくまでも暗黒大陸さんやそれに同調する田中の視点からのもので、家計自体はインフレ懸念を一年後もっているわけですから、実際に半年後からその先にかけてにデフレ状態が家計にはっきりしてきたときには「予期せざるデフレ」という一種の負のショックを経済に与えるでしょう。


 この「予期せざるデフレ」はその大きさにもよりますが、経済を不安定化させることは必至です。例えばこの状況を上記の各種調査の中でわりとはっきりして示しているのが、日銀の生活意識調査です。あの97年のアジア経済危機では、今回の調査結果とさほど変わらない75%の人が消費税導入を背景にして「実感」としてのインフレ率の上昇を予測しました。しかしその結果はご存知のとおり、アジア経済危機や国内の金融危機の深刻化を背景にして、公式統計にもはっきりとしたデフレ状況が現出しました。これはまさに「予期せざるデフレ」ショックとして経済を大きく不安定化させたと思われます。


 さて暗黒大陸さんは(私もそうですが)現状の日銀の金利正常化路線はこれらの観点を考慮せず、むしろインフレ懸念あるいは金利正常化のイデオロギー化を盾にしています。現状の状態では100歩譲ってその路線の放棄こそが人々に実感ではない、真の問題に気がつかせる第1歩になると思います。


 日銀の政策転換は現状では望み薄ですが、これは経済の話よりも政治マターとして武藤総裁誕生の援護射撃を日銀がどこまで今回の政策決定やレポートの中で行うのか、興味あるところです。


(補)なお内閣府の調査も日銀の調査もともにサンプル数があまりに小規模であること。さらに日銀の調査の方は報道などでは単直に97年からの情報を引用していることがみられますが、調査を個別にみていくとそこには物価見通し調査自体が非常におざなりな姿勢が90年代に感じられたこと、データの欠損などがみられること、を指摘しておかなければなりません。