見込みのない議論と株価と金融政策

 まず教科書レベル(具体的な教科書としてブランシャールの『マクロ経済学』を採用します)の話ですが、金融政策と株価の変動というのは関係します。どう関係するかは、教科書によると


1)金融政策自体の変化によるショック
2)(ニュース、政府統計公表などで)消費の変化・景気動向などが市場に伝えられたときのショック


のふたつを原因にしています。そして各々市場参加者の期待(予測)のあり方が株価の変動や産出量の変化に関連してきます。株価の変動はショックの直近から観察可能ですが、産出量が実際にどう変わるかは時間を置かないと観察可能ではないでしょう。また2)の方は金融政策自体のスタンスをどう市場が予測しているかということにも関わります。ちなみにここでは予測と期待は同じExpectationの訳語として原則採用します。


 また株価は(教科書の定義を採用し)一年物の期待利子率の流列によって割り引かれた将来の期待配当の現在価値である、とします。


 まず1)では、いま書きましたように、市場参加者の予測のあり方が大きく関わります。
  1−a) 金融政策が予測どおりだった場合
  1−b)金融政策が予測どおりでなかった場合*
    *どの程度の人が予測どおりでなかったかどうかにこのシナリオは依存する部分が大きいです。

  1−a)では株価の定義から金融政策の動きを市場は織り込んでいるので株価は変化しません。
  1−b)では予期しない金融政策の変化があったので、修正された予測に応じて株価は変化します。

   小例1)予期しない金融緩和ならば、現在の利子率と将来の期待利子率は低下、期待産出量・期待利潤の増加を予測するので、現在の配当・将来の配当の増加。ゆえに株価上昇。
   小例2)予期しない金融引き締めならば、現在の利子率と将来の期待利子率は上昇、期待産出量・期待利潤の低下を予測するので、現在の配当・将来の配当の低下。ゆえに株価低下。
   小例3)予期すべきアンカーがないままなんらかの政策決定が行われたとき、市場参加者の予測形成もまたアンカーをもたない(株価は変化するがどう動くか予測することはできない)。


 この1−b)の小例3)はいまの日本のリークこみの金融政策のあり方を示しているように思えます。カシャップも次のような表現を使用しています。

「「日銀はマスコミへのリークを政策ツールとして導入した。このため、市場参加者たちが、日銀の政策変更を根拠に基いて推測することはほとんど不可能と感じるという、かなり常軌を逸した事態となってしまっている」(svnseedsさん訳)


 以上の1)は金融政策と株価との関係を示していて、それぞれが株価の動き(動きの無い場合も含めて)をみて、金融政策を評価することに奇妙なことはないことを示しているといえるでしょう。

 ところで1)のそれぞれのケースは、直近からの株価の変動だけではなく、教科書的知識では、実際の産出量も変化していくことを告げています。

 いいかえると、(あ)金融政策の変化の予測の度合いに応じて(期待利子率、期待産出量、期待利潤などの)つまり期待要因の変化に応じて株価を直近から動かすでしょう。
 それと同時に、(い)金融政策の変化は(期待利子率などの期待要因の変化によって)産出量を変化させるでしょう。この変化が具体化するにはラグが生じます。(あ)よりも(い)のほうが政策ラグは長い。

 つまり金融政策の効果は期待要因の変化を通じて、株価の変動という直近に観察可能な現象から、その実際の発現が数ヶ月〜一年以上後にあらわれるような実体面での変化までその効果を及ぼすといっていいでしょう。両者はいまみたように密接に連関しています。ただ政策ラグが生じているだけでしかありません。


 いいかえると直近の株価の変動をみて金融政策の評価をすることも、また産出量の変化に注目して金融政策の評価をすることも、同じ金融政策の決定を評価するときに両者互いに行うことは排除しません。つまりある金融政策の決定を評価するときに、株価の変動をみての評価はだめで、(期待)産出量の変化だけをみて議論すべきだ、というのは僕には奇妙な話に思えるのです。


 その「奇妙な話」が以下の引用です(苺経済板から)。

230: グラタン  2007/03/09(Fri) 00:59 [ G6BAMv1Qf2 ]

>>229
うん。問題が今回の株安が長期的なデフレ効果をともなうものかどうか、という問題設定なら有意義だと思うしそういうふうに話を持っていくべきかもですね。

ところで前の方見落としてたけどたぶん私に対するレスでこんなこと言ってる人もいたな。つーか、こんなこと人様に得意げに説明してる人もいるのかと思うけど(笑)。

>利上げでデフレが進むならもう少し長い目で見ると株も外貨も下落傾向になるということ。

ただね。そういう利上げの負の効果ならば、私の頭の中にある乏しい乏しい経済常識から言っても少なくとも数ヶ月か半年ぐらいのスパンを持ってあらわれるものでしょう?今回の利上げが先月の21日、世界同時株安の発端となった上海が落っこったのが同27日。だとすれば、これらのことをごっちゃにして評価して、「ほら言わんこっちゃない、日銀が利上げするから世界同時株安が起きた」と誤解されるような主張はどうなのよ、と。

私も「きっかけと本質」とかわかりにくいこと言ったのは悪かったが、ようは日銀を批判する立場であっても、いやそういう立場だからこそ、日銀の政策の何がどのように問題なのかを正しく批判すべきでしょう。極めてふつうーのことを主張しているつもりなんだが、ここじゃ少数派かなあ。

心理的ショックの要因で動く短期的な株価動向を見て「ほらもうデフレの効果が出た」なんて言ってたら、利上げの翌日に株価が上げたのを見て「ほら利上げは懸念すべきものではなかった」なあんて能天気なこと言ってたあの衆議院議員の津島さんのこと笑えませんぞぃ(笑)。


 注意をさらに重ねるならば、本当に日銀の利上げで世界同時株安や円キャリートレードの巻き戻しがあったかどうかは僕はわかりません。ただ理論的にはそういう推測をしても津島議員のように笑われるべきでも、議論がごっちゃになっているとも思えないのです。そしてさきほどカシャップの引用をあげましたが、利上げ後に株価が乱高下している事態は、「日銀の政策の何がどのように問題なのかを正しく批判すべき」材料を提供している、という発言がでてもそのこと自体はおかしくもなんともないと私は理解しています。むしろおかしいのは私にはこの掲示板に書き込まれた見込みのない議論のように思えるのです。


 また「ほらもうデフレの効果が出た」という修辞を、「ほら言わんこっちゃない、日銀が利上げするから世界同時株安が起きた」を批判するのに使うのは議論を歪曲するにもはなはだしいとさえ思います。「ほら言わんこっちゃない、日銀が利上げするから世界同時株安が起きた」はいま書いたように十分推論として成立可能ですが、それが「デフレの効果」とするのはわざわざまともな発言を否定するためにお門違いの理屈を持ち出しているように思えたのでした。


 さらにこのグラタンという人が批判している「ほら言わんこっちゃない、日銀が利上げするから世界同時株安が起きた」というものをより直接にみておきましょう。これはブランシャールでは2)の応用となります。「今回の利上げが先月の21日、世界同時株安の発端となった上海が落っこったのが同27日」という事態もからめてよりもっともらしいシナリオを考えることになります。


 教科書的知識をまず整理しますと(ブランシャールはis-lmを利用しています)

2)上海株式市場の下落という予期せざるニュースが生じる(これは日本経済の投資や輸出に悪影響を及ぼす)を考える場合ですが、

 2−a) 日本銀行が利上げをしていること(LM曲線は左上方シフト。またLM曲線の傾きは非常に緩やかだと仮定しても日本の場合は不都合はないでしょう)
 2−b)上海株の下落ニュースはIS曲線を左下方にシフトさせること

以上から新しい均衡点はニュースの伝わる前の初期の均衡点よりもより高い名目利子率とより低い産出量に直面していると市場で期待されます。これは株価の定義から現在のより高い名目利子率とより高い期待利子率をもたらし、またより低い期待配当をもたらすでしょう。すなわち株価は現在において下落します。

このときも上海株のニュースが日本銀行の利上げスタンスによって、直近の株価の変動として現れても不思議ではないことになります。なおこのときは市場が金融政策の動向を正しく予想していた場合を想定しています。つまり21日から26日までは1−a)のように市場の期待通りだったので株価の顕著な変動は起きなかった。予想通りに金融引き締めだった。しかし27日に予期しない上海株下落のニュースが飛び込んできたので、金融引き締めという日銀スタンスを正しく予測しているので、株価は非常に下がった、というわけです。


 ここでも上の見込みのない引用の主張とは反対に、日本銀行の利上げが世界同時株安に貢献していてもいい理論的証拠になると思います。つまりこれはなんらかのリスクの発生を考慮に十分いれないで金利を引き上げたことが、株価下落、将来の産出量低下を招く、と批判していい論拠となるでしょう。


 で、事態はさらに面倒になっているようにさえ思います。実際に1ーb)の「小例3」のようなケースが成立していると、例えば政治的配慮、組織防衛、民主的投票の不可能性wなどいろんな事態で、(その他の事情が一定で)利上げどころか利下げですら起こる可能性を排除できません。もちろんそのような理由を十分市場が理解できるとは思えません。すなわちこのときに2)のケースでのLM曲線の動き(日本銀行の政策スタンス)への期待が不安定化するのは避けられないでしょう。もちろん株価を構成する期待要因も不安定化します。このとき21日から26日まで株価が顕著に変動しなかったのは(あるいは上がってたかもしれませんがw)たまたま幸運にも?そうだったから、という説明が最も正しいでしょう。いいかえると期待形成に失敗して、裁量政策の極端形になりさがっていると(僕には少なくとも思える、むしろ裁量政策という政策という表現さえ使用したくない気分ですが 苦笑)日銀の政策効果を株価の動向などとからめて読みきるのはまぐれでもないかぎり相当難しいということです*1。裏返せばそれだけ市場の期待形成にも悪影響を及ぼしてます。まあ、それを肩代わりしようという多くの邦人系マスコミや日銀系エコノミスト*2の活躍に期待しましょうw(もちろん皮肉です


(補)

さてここまで書いたにもかかわらず(書いたからむしろ?)、「いまは株高になったじゃないか! 長期では利上げは景気に悪影響をもたらすが、短期では株高だから日本銀行の利上げなど間が悪かったけど関係ない」というもう僕からみたらどうしようもない極端な見解の登場が期待wされます。


 上の2)の枠組みをまた採用しましょう。ここ数日は上海株式市場も落ち着き、米国でも住宅不況の危機はささやかれていますが依然として経済は好調です。この種のニュースは日本経済にとっていいニュースでしょう(ここではIS曲線が上のケースとは反対方向、すなわちis曲線は右上方にシフトするとしましょう)。

 そして19,20日のわが中銀の政策決定会合の決定は金融政策は現状維持でした。とりあえずこの政策決定を市場が織り込んでいた場合を考えます。するとLM曲線の位置は同じだと予測されるので、そのときIS曲線の変化は、より高い産出量とより高い利子率の組合せをもたらします。これはブランシャールの教科書にも書いてあるケース*3ですが、その場合は株価の動きは不定です。もし株価が上がっているとしたら期待配当の増加効果の方が期待利子率の増加効果を上回ったからでしょう。


 先の見込みのさらにない発言に則していえば、日銀の政策スタンスの維持は将来の現実産出量を潜在産出量を下回ったたままにすると同時に、さらに付け加えるとISの正のショックだけでは潜在産出量を回復するには足りないと想定しておきます。このときでも現状の株価の低下ではなくむしろ上昇にも金融政策のスタンス*4が寄与する場合がある、ということです。


 ところで私は今日のエントリーでリーク問題も含めて日銀の政策は現状維持といっていますので、カシャップ的批判の枠組みで考えるならば、たまたま目にしている現象がいま説明した動きのように見えているだけかもしれないし、まともな政策、株価、(期待)産出量の動きの連関は途切れている、と考えた方がいいかもしれない、ということです。

*1:もちろん利上げスタンスはバックワードとしてあとづけ可能ですwので金利引き上げでいまの経済環境だと経済状況を悪化させるということはそんなに間違いではないでしょう

*2:そんな人はいないけれどもなんとなくいる人たちw

*3:ブランシャールの図では当初の産出量が潜在産出量と想定するケースをあげてますが、ここでは教科書とも日銀の認識とも異なり当初の産出量は潜在産出量を下回っています

*4:現状維持で、その意味で緊縮的な立ち位置