「潜在成長率低下説の強いヴァージョン」という誤り

 潜在成長率の定義も満足に知らないのか……

 さて潜在成長率がもし低下してそのため現実の成長率とのギャップが「マイナス」になっていれば、自称「ニューケインジアン」からくる帰結は「規制緩和」がその対策という怪説が流布している。ケネス・ロゴフの発言を適切に引用していない話題を読んでてこの怪説の存在に気がついた*1

 ところでこの怪説は潜在成長率の定義そのものからして矛盾していることに気がつかない問題である。以下に野口旭氏の発言を引用しておく。

「潜在成長率とは、自然失業率が達成されている場合の成長率である。そしてその自然成長率とは一般に、インフレ率を加速させない最小限の失業率、すなわち非インフレ加速的失業率であると考えられている。この自然失業率=非インフレ加速的失業から、潜在失業率もまた、「インフレを加速させない最大限の失業率」と定義しなおすことができる」

 この定義をみれば明らかなように、現状の日本経済の状況をみてみると、消費者物価上昇率はリーマン危機以降低下を続けていまやマイナス、それとともに完全失業率は上昇し過去最悪に急接近、そしGDP成長率も低下傾向にある、つまり現実の成長率は潜在成長率からマイナスならぬ「プラス」の幅を拡大しているというのが現状であろう。そのときに「規制緩和」が正しい政策の割り当てであるのだろうか? 私には理解ができない。 

 この種の単純な定義的誤りに基づくような単純構造問題説はとうに死滅したかと思ったのだが。

 なおただ単に潜在成長率が低下しているという観測や実証は以上のような「マイナス」仮説の怪説とは直接には関係ない。別種の議論とかんがえたほうがいいだろう。この点については野口旭「構造問題説の批判的解明」(以下の本に収録。または野口・田中『構造改革論の誤解』東洋経済新報社)が参照されるべきであろう。

デフレ不況の実証分析―日本経済の停滞と再生

デフレ不況の実証分析―日本経済の停滞と再生

*1:ロゴフの発言の適性引用問題については、僕はいまは興味ゼロなので無視

浜田宏一「日銀は産業界を苦しめている」&若田部昌澄「マニフェストでは不十分」(『voice』9月号)

 『voice』9月号たぶん献本頂いていると思いますが、来週の真ん中じゃないと群馬に出勤しないのでたち読みでご紹介。

 本論説の表題を簡単にいうと欧米の中央銀行に比較して、日本銀行景気対策はむしろ積極的な消極策になっていること、いいかえると日本銀行が過度の円高をもたらすことで日本の産業界を苦境に落とし込んでいるということである。

 サブプライム危機以降の金融政策のスタンスを各国比較してみると、金融緩和政策の手段として金利を引き下げる余地が各国とも限定されるいなかで、米国、英国を中心にして各中央銀行のバランスシートを拡大する政策ーつまり多様な民間や政府の資産を購入してその代わりに市中にマネーを供給する。マネーが増えればそれが為替レートを自国通貨安に導くなど多様な景気刺激のルートが開く。

 ところが積極的な米英どころか消極的にみえるユーロ圏の中央銀行(ECB)に比較してさえわが日本銀行は消極的。むしろ08年の一時期だけ緩和基調ぽいものが観測されたが、事実上の引き締め基調ともいえるスタンスを維持している。

 浜田先生は、このため日本の円だけが他国通貨に比較して円高であり、輸出入の競争力に関連している日本の実質実効為替レートはリーマン危機以降大きく拡大し、そのために日本の輸出入産業の背負うハンディは30%近くに達している。例えば浜田先生が書いているわけではないが、このような円高基調が不況の持続とともに継続するならば、日本の企業の多くはより安価な労働力などを調達する海外に移動するだろう。それがしばしばメディアなどでいわれる「産業空洞化」ともまたぞろいわれるだろう。しかしそれは日本が中国に競争力で負けたり、あるいは日本に構造問題があったり、低炭素技術を中国の中間層に売り込める「総合経済政策」が不在だからではない。ただ単に金融政策の超消極姿勢が生み出した為替レートの不調整でしかない。

 ただでさえ不況が深刻なのに、日本銀行が政策を転換せずに(事実上の)緊縮スタンスのままでは、わざわざ産業界全般を苦しめるために「貢献」しているといわれてもしょうがないであろう。

 浜田先生の論説は非常に明瞭なのでぜひ一読すべきだろう。

 なお同号では若田部昌澄さんの「マニフェストでは不十分」という論説が掲載されていて、そこでは民主党自民党双方の金融政策への認識の欠如という異常な姿が指摘されている。

宮崎哲弥・飯田泰之・河合正弘・小此木潔「経済・メディア衆論」

 公然リフレ派(実名さらしてネットで活動するリフレ派)の主要メンバーがスペイン出張中につき、わたくし田中が代わって事後宣伝。ところで僕も近いうちロンドンいくんだけどあっちらはリフレの嵐が吹き荒れてて、庶民レベルでもヘリマネ全開だとか。ぜひ日本も見習いたいものです。

 朝日新聞の昨日の記事。まず飯田さんの問題提起ー「底打ち」を楽観的に見ることで景気回復がないまま不況が長期化するリスクが大きいこと、本来なら政策的対応を備えなければいけない自民党民主党の両方のマニフェストが、十分な成長(つまりここでは景気回復)がないまま再分配を強く志向していることへの危惧などが指摘されている。

 この飯田さんの問題提起に対して各論者がどう答えたかであるが、実は一番のこの座談の売りは飯田さんのこの問題提起があるということに尽きると思う。なぜならこれだけ大規模な総需要不足の不景気が、こんなに簡単に終わるわけない、という実感レベルがあるのにもかかわらず、肝心の政党・政治家たちがまったく今回の選挙でその景気の問題を事実上無視していることがよくわかるからだ。

 簡単にいうと、景気重視といっている自民党も、格差対策や高速道無料化などといろいろいっている民社党も、ともに同じ大きさのケーキの切り方を工夫しているだけで、少しもケーキ(景気)を拡大することを真剣に考えていないからだ。

 ではなぜそうなるのか? その理由は残念ながらこの座談会にはない。しかしいまここで簡単に言い切る。それは各政党とも「都市部の貧しい若者(10〜30代)は無視してもかまわない」と思っているからである。それに尽きる。

 貧しくなる理由は、1)景気の悪化による失業もしくは失業同然の状況。2)それに加えて税金だとか年金だとかで貧しい若者はさらに搾り取られ、それが田舎や都会の富裕な中高年層に再分配されているからだ。

 もちろん各政党(ついでに財務省日本銀行もマスコミでさえも)はこの1)と2)の対策を真剣に考えない。なぜか。票にならないからである。また彼ら自身の生活実感からも離れていることは間違いない。

 では、その対策としてこの座談会で上がっているのが、飯田氏も宮崎氏も指摘している需要創出効果である。特に金融緩和政策をなぜ積極的に行わないか、という点に焦点があてられるべきだが、ここでもやはり日本的風景なのだが、数少ない「国際派」と称されている河合氏は金融緩和に否定的な態度をし、グリーンニューディールや中国の中間層向きの市場開拓を志向する。

 しかし金融システムが傷んでいるから欧米は中銀のバランスシートを拡大させる必要がない、ということは要するに金融緩和する必要はない、ということである。申し訳ないが、、拡大させる「必要がない」というのはおかしい。河合氏の論法にあえてのれば、金融システムの破損がそれほどでもないならば、それほど中銀のバランスシートを拡大しなくても景気が回復するはずではないか? そう河合氏が期待する中国人民の購買力よりも確実に。また当たるかどうかまったくわからないグリーンなんとかよりも確実に効果があるはずではないか? 

 ところが河合氏の発言でも民間が持続的に成長するためには「総合的な経済政策」が必要だという。どうも「総合」から金融政策が抜け落ちていることだけは明白なようである。所長(アジア開発銀行研究所所長)の職務上、アジアに期待みたいな話をするのはいいが、、多くの国民が困窮している状況で、自分の所長としての職務に忠実すぎるのも考えものではないか? 僕はそう率直に思う。

 さて1)の解を金融政策にあるとすれば、2)はどうかといえば、所得税の累進税率を下げたことが格差拡大の原因なので、要するに富裕層の増税貧困層の減税が格差拡大そのものにストップをかけるだろう。しかし実際は贈与税減税や、企業減税などが優先して行われているだけである。

 あとシンクタンクの話は正直いって僕も話題に困ると持ち出す程度のものなので、そういうものよりも、ひとこと「金持ちの年寄りのことが心配で、都会の貧しい若者は野たれ死んでもかまわない、と両政党とも思っているようだ」という野蛮だけど本当のことを強調していってほしかった。

 河合氏にははなはだ失望したが、それでも飯田氏の問題提起と1)と2)への解決策の提示、宮崎氏の論点の明確化(景気回復なくして満足な成長もなく、低炭素だとかの能書きを冷静にみること、各党のマニフェストの矛盾の指摘)など、朝日新聞で明らかにしいたのは大きな意義をもつだろう。

『ローズマリー』

 ペ・ドゥナの最も生気に乏しいドラマ。正統派の不治の病ものなのだが物語は安心してみることができる内容なのだが、いかんせんいまの関心事であるペ・ドゥナがかれほど魅力を喪失しているとみているのがつらい。なんとかペ・ドゥナパートはちゃんとみて、、物語の筋がわかる程度はみたが、後半は速度はやめてしまった。

 まあ、ペ・ドゥナ目当てだと完全に期待はずれもいいところだが、繰り返すが物語的には感動するだろう。あと医者のジンフ役がもうぼくのよく知ってる人にそっくりでw 

ローズマリーDVD-BOX 1

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