柿埜真吾『ミルトン・フリードマンの日本経済論』(PHP新書)

ミルトン・フリードマンといえばマルクス経済学や反経済学の色彩の強い日本の論壇や経済学者の世界では忌み嫌われている経済学者の代表である。しかし米国では、フリードマンの考えに反対の人でもその主張の明晰さを評価する声は大きい。この日本の閉鎖的な言論空間の中で、フリードマンの積極的評価を提起したことをまず大きく評価したい。そしてなによりもフリードマンの提言「貨幣は重要である」に集約されるその主張が、日本の長期停滞の解法になることはさらに意義深いことである。

 

帯文の「金融緩和の下で減税せよ」はその意味で、いまの日本経済をフリードマン的観点からみるときに最適の提言となる。

 

柿埜氏は、岩田規久男前日銀副総裁・学習院大学名誉教授やリフレ派といわれる人たちの薫陶を十分にうけてきただけあり、本書は実に読みやすく明晰な文章で書かれている。経済学の基礎知識がなくても戦後のアメリカ、日本の経済が現代まですらりと展望できるし、またその中での経済学の歩みもフリードマンというフィルターを通じて知ることができる。

 

もともとフリードマンは日本への関心が深く、かっては二カ月ほど長期滞在をしたこともある。また80年代は日本の経済学者や財界人などと論争的なシンポジウムにも参加してそれは書籍にもなっている。日本のデフレ停滞にも関心が深く、本書でも詳細に書かれているが中原伸之元日銀政策審議委員(バーナンキの中原さん以外は当時の日銀幹部はクズ=ジャンクだ、という名言は懐かしい)との交流、中原さんへの具体的なデフレ脱却へのアドバイス、また最後までたびたび日本へ政策提言をしたことは、日本人として感謝をしたいほどである。フリードマンの提言を十分に活用はできていない側面もあるが、とりあえずアベノミクスの金融政策はフリードマンの主張(中央銀行の政策の失敗を正すこと)をベースにしているともいえる。

 

本書は新たなリフレ派の誕生ともいえる書でもある。かって私は安達誠司さんや片岡剛士さんがデビューしたときにおふたりに「麒麟児」であると称賛のことばを送った。また上念司さんと再会したときには、これでリフレは内実(政策の具現化)を伴う道を得たと確信した。その意味では柿埜氏の登場は、静かである。だが、彼の書き言葉には力がある。この書く力をぜひ孤独を恐れず、論壇に活かしていただければ本当に嬉しい。ぜひこのブログを読まれているみなさんが彼の道を応援されることを切に願っています(ちょっとは僕も応援してくださいw)。

 

個人的に本書を読んで、膝を打った点を書く。これは僕だけの完全なメモであるw。具体的な詳細はぜひ各自が読まれたい。

 

1 フリードマンが雇用の流動性を重視して、徴兵制に反対し、それの撤廃に力あったこと

 

2 フリードマンが世間一般の金融政策「だけ」を重視しているのではなく、いい意味での実践家でもあり、状況によって財政と金融を積極的にやる人だということ。師のヘンリー・サイモンズ由来。この点はこのブログでも何度か触れた。

 

3 小宮隆太郎氏が実はマネタリスト(あるいはリフレ主義者)ではなく、むしろ「反」マネタリストともいえる立場で、例の1970年代のインフレ論争から一貫していること。この指摘は僕もしていて、いままで支持者がほとんどいなかったのでとてもうれしい。

 

4 竹森俊平氏ら中途半端なリフレ主義にも容赦ない批判的保留をしていること。

 

5 日本は「流動性の罠」などではなく、金融政策は工夫次第ではいろんなことがいまだにやれることを示したこと

 

などである。ひとつだけ僕と違うのは、中国に対する考えが甘いように思えた。中国にはいまこそ徹底的な批判精神こそが重要であり、それは経済も安全保障も表裏一体であることを忘れてはいけないことである。その点だけは柿埜氏は経済と安保を別々に考えていて、僕には不十分に思えた。ただしこれは本書で大きな話題ではない。

 

いずれにせよ、本書を読むことで、現代日本に求められている政策を知ることができるだろう。ぜひこの新たな可能性を読んで頂きたい。

 

 

ミルトン・フリードマンの日本経済論 (PHP新書)

ミルトン・フリードマンの日本経済論 (PHP新書)