藤田菜々子『福祉世界』(中公選書)

 グンナー・ミュルダール的な福祉国家論の問題意識をベースに、過去200年近い国家福祉、福祉国家、福祉社会、そして福祉世界論を展望しながら、今日的な「福祉」の意味を再考した論著である。具体的になにか現実的な処方を提供したりするものではなく、あくまで問題の整理と論点提起にとどまっているところが評価を左右する本だろう。

 ミュルダールは福祉国家国民主義的限界(国民的福祉統合と国際分裂)を指摘していた。本書ではその限界を「福祉世界」という未完のプロジェクトとして再興することを狙っている。その方向性は理解しやすいのだが、本書では主に経済・社会思想史的な概念整理やその流れにほぼ書籍の大半を使っていて、冒頭にも書いたが「ではどうすれば?」という問いにはほとんど答えるものがない。

 論点の整理はある。福祉は経済的効率性を高めうるか、低開発諸国の「発展」に「先進諸国の責任」はあるか、ナショナリズムとコスモポリタニズムは和解できるか、多様性の中に普遍性は追求できるか。リアリズムとユートピアニズムは協働できるか、などである。

 論点の整理はうまく(なぜかマクロ経済政策や国際金融制度の話はほぼ無視しているのが不可思議で仕方がないが)まとまってはいるが、何度も書くがそれどまりである。「福祉世界」のもつだろう(推測)、現実との接点が実はよくわからないままであった。「福祉世界」の重要性が本当にわかるのは、論点整理や学者的な理念の整理ではなく、まさに具体的な環境で時論なり政策なりで意見を戦わすことにあるのではないだろうか?

 ともあれ、著者自身の問題意識からいえば、本書はミュルダール研究を補完するものとして重要なことはわかるし、その意味での学術的評価もなされるかもしれない。だがそのような評価で本当にいいのだろうか?

福祉世界 - 福祉国家は越えられるか (中公選書)

福祉世界 - 福祉国家は越えられるか (中公選書)