ハリー・H・フランクファート『不平等論』(山形浩生訳・解説)

 原書でちょっと前に読んだときに、山形さんの翻訳が進行ときいた楽しみにしていました。フランクファートの主張は、1)道徳的な観点からは(経済的な)平等は問題ではない、2)平等を道徳的に価値あるものとしてみなすと、むしろ個人への敬意を損なうことになる。大切なのは平等の道徳性ではなく、敬意の道徳性なのだ。

 という二点に主にまとめることができるでしょう。最初の論点は特に経済学の効用ベースでの再分配論にかかわるものです。(1)お金の限界効用逓減、2)みんな同じ効用関数、というふたつの仮定から、金持ちから貧しい人への限界単位でのお金の分配が、社会全体の効用を増加する、という経済学の主張(ラーナー、サミュエルソン、アローら)を、フランクファートは、そもそもふたつの前提がダメだ、という論点も含んで批判して、効用ベースからみたときの平等の道徳性を厳しく弾劾しています。

 山形さんの解説はフランクファートの議論展開に厳しく、簡単にいうと、現実の経済格差は貧困の進展を伴っているし、実際に経済格差を解決しないと、そもそも貧困も解決しない。フランクファートの議論はあまりにも理念的で、細かい論点にとらわれすぎで、現実には誤解・誤用されて(それもかなりフランクファートの説得の技法がだめだから)、人々の経済状況の改善を邪魔してしまう可能性さえある。

 というものです。解説は二部構成になっていて、本書のいま書いた批判がさらに深く書かれ、また後半ではフランクファートの本書以外の主張が詳しく書かれています。フランクファートの議論は「十分主義」(ざっくりいうと、他者との比較=格差の認識が道徳的に重要ではなく、個々人には効用の閾値みたいなものがあって、それを超える超えないという絶対的な効用が充足する(=十分であること)の議論の方がよほど大切という立場)といわれていて、これは基本としておさえておいたほうがいい議論かと思います。

不平等論: 格差は悪なのか? (単行本)

不平等論: 格差は悪なのか? (単行本)