中野氏のこの本は出たときに一読したが正直通読がつらかった。ひとつには日本思想史研究としてはあまりに杜撰に思えた。現代の問題意識にひきつけて過去の思想の再解釈を行うことは、僕は好意的な立場に立つ。しかしそのためには過去の思想を正確にとらえ、また再解釈上、議論すべき論点にはしっかり取り組むということは絶対に必要だ。その意味で中野氏のこの本は通読に耐えないというのが僕の率直な感想であった。
ただネットでは匿名さんたちのレベルで、本書が日本思想史の正確な読解だとかする評価を目にすることもあり驚きを隠せない。おそらくそのような匿名さんたちは日本思想史の基礎的な勉強をしていないか、あるいは単に専門的訓練を経ていない独学者の陥穽に落ちているのかもしれない。
この小室先生の書評は、専門家がどのように中野本を評価するのか、それがはっつきりとわかる素晴らしい内容だ。小室先生の本書の評価はその書評の末尾に要約されている。
「著者が日本思想史の「新論」を打ち立てようという意欲は大いに買うところだが、以上のように、その「新論」には問題も多い。著者は、抽象的概念を前提として現実にそれを合わせて理解するものとして朱子学的合理主義を批判しているが、著者自身がそれと同じ誤りに陥っていないだろうか。仁斎や徂徠と同じように歴史的テキストをいかに正確に読むかという姿勢が望まれる所である」。
小室先生が精一杯おさえて書かれているが、僕があけすけにこのエントリーの冒頭に書いたものと同じ趣旨であろう。おそらく多くの専門家たちも同様な意見を持つことであろう。きわめて残念な本であった。
小室先生の書評はきわめて詳細かつ具体的に、中野本の問題点を列挙していき、ほぼ本書の主張が歴史的テキストの正確な読みに支えられていないことが明らかにされている。
なお小室先生の書評が掲載されている『日本経済思想史研究』は日本経済思想史学会の会報である。専門誌なので大学や公立図書館で読まれたい。
日本経済思想史学会
http://shjet.ec-site.jp/
日本思想史新論―プラグマティズムからナショナリズムへ (ちくま新書)
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