「バカ」とか書くと、それは田中の常套句かと言われかねませんが(笑)。表題の発言は下村治がかっていった発言を多少簡潔に書いただけです。フルバージョンは以下で、『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』に収録された発言です。
「今でも、日本では、自動車のように生産性がきわめて高い産業がある一方で、コメに代表されるような、生産性のきわめて低い品目をむりやり維持している、という状況になっているのだ。(略)もちろん、アメリカ人ばどがこういう実情を見れば、そんなバカなことをなぜやるのか、と言うだろう。しかし、それに対しては、日本人がバカだから仕方がない、というほかない。外国人にそういうことはやめよ、と強制されることはないのだ。日本人が自分で選択していることなのである。略 しかし、バカなことではあっても、外国に迷惑をかけるような悪いことではない。この点を明確に認識する必要がある」(75-76頁)。
この本が出たのは1987年。ちょうど日米間の経常収支問題が過熱し、日米構造協議が声高にいわれ、「前川リポート」などで政財界や官僚たちが、日本の構造問題を正して貿易「不均衡」を是正するのだ、といっていた時期です。
下村のこの発言は僕は正しいと思っています。彼の基本的な視座は、国民経済を中心におくこと。そして国民経済とは国民ひとりひとりが豊かになること。また就業機会がちゃんと保障されて、人々の人間的な価値が毀損しないことです。この点で、リフレ主義の中核的思想を示す石橋湛山と同じですね。
「経済の問題に政治の問題が登場する根本の条件というのは、経済を国民経済の問題として考えなければならないからである。国境に拘束された何千万人、何億人という人がいる。日本でいえば、この日本列島に拘束された一億二千万人はここで一生を終われらなければならない。この一億二千万人に十分な雇用の機会を与え、できるだけ高い生活水準を確保する、これが国民経済の根本問題である」(146頁)。
日本にも上記のようにコメに代表される「構造的」問題(=バカな問題)はあるでしょう。しかしそのバカは自分たちが自ら選んだ状態であり、バカが深刻になれば自ら正すというのが下村の強い主張です。
しかもこの本では、そもそも貿易黒字の解消という米国の狙いは、まったく日本の「構造的」問題を解消することによっては達成できない。また日本に対米黒字が多いのは、そもそも米国のいう日本の「構造的」問題とは無縁の、米国経済自身の特徴による。
その米国経済自身の特徴というのは、「消費狂い」であり、それを肯定する異常な経済運営にある。もし経常赤字を減らしたければ、増税や財政緊縮を行え、というのが下村の主張である。
経済的には正しい主張である。ところで時代は変わっても、冒頭の「国内のバカの問題は自分たちで考える問題」という趣旨は、いまも基本的に妥当している。
TPPの問題を考えるときもこの下村の思想は重要だろう。TPPに伏在する「自由貿易はいかなるときも善」に近いイデオロギーは、なんらかの他国の政治的思惑の所産である可能性もある*1。実際に80年代の米国からの輸入障壁の引き下げ要求などは、一見すると自由貿易の経済学的正当性に依存しているようで、実際には異なる目的(米国の対外赤字減らし)が主眼であった。もちろんその実際の目的に、輸入障壁が貢献するはずもなかった(この点は岩田規久男『国際金融入門』新版135頁参照)。
そしてこのような対外経済問題にも、政治的な要因はかならず伏在しているのは当たり前である。そのとき、下村のように「国民経済」の観点からTPPを見るのが重要である。
そのときの最大の障害はなんだろうか? それは米よりも重要なバカの問題だ。それはいうまでもなくデフレ継続を放置する日本銀行の政策だ。このバカを解決するのは手法的には簡単だが、国内政治的にはいまだハードルが高い。このバカの問題を片づけると、下村的な国民経済基準でも相当に改善することは間違いない。
また国内のほかの「バカの問題」の調整もうまくいくだろう。例えば衰退産業から成長産業への資源の移動もスムーズになるかもしれない。
問題は日本銀行がなぜか金融政策を硬直的に使うことで、私たちの政策の自律性が損なわれていることだ。その理由の解明も今後重要だろう。
下村の本書は、先にあげた岩田先生の本を読んだ上で、一読すると細かい間違いに陥らずにすっきり読むことができるだろう。いまこそ読むべき古典のひとつである(ただし文春文庫の神田秀樹氏の解説は読まないほうが混乱しないですむかもしれない)。
- 作者: 下村治
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- 作者: 岩田規久男
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*1:ちなみにいうが、貿易自由化を完全否定するとか、比較優位を捨て去るとか、そういう極端なことをいっているのではない。比較優位でさえそのひとつの理論にしかすぎないといっているだけである。なので現実との適応が重要。当たり前だ。