タイラー・コーエン『大停滞』

 いまの米国経済の停滞は実はかなり前から始まっていたんだよ、これからも「容易に収穫できる果実」は見当たらないないので米国経済は長い困難を体験するかもしれない、という主張のコーエンの新作。

 容易に収穫できる果実は、教育、イノベーション、未教育の賢い子どもたち。これらの果実はすでに40年前から入手困難であり、また雇用への影響をみれば10年前から雇用増に直結するような「景気回復」がないことからもうかがいしれる。またインターネットの効果もいまは観測するのが難しいレベル。

 コーエンの指摘で面白いのは、イノベーションの最近の特徴への次の指摘。

「近年のイノベーションの多くは、「公共財」ではなく「私的財」の性格を帯びていると言えるだろう。今日のイノベーションはえてして、経済的・政治的な既得権を強化し、ロビー活動によって政府の支援を引出し、ときには知的財産権の保護を過剰に求め、万人が用いるのではなく一部の人しか用いない商品を生み出している。毎シーズンごとに発表される高級ブランドの新作のハンドバックをイメージすれば、理解しやすいだろう。略 過去10年を振り返ると、一部にきわめて豊かな人たちがいるが、その層の所得のかなりの部分は金融イノベーションによって得られたもので、ふつうの人たちはその恩恵を受けていない、と言えるだろう」(42−3頁)。

 イノベーションの性格の変容とその減速が、所得格差に大きく貢献しているのではないか、というのがコーエンの主張。それが今日の「大停滞」の背後にあるという。

 このようなコーエンのイノベーション悲観論については、本書の解説で若田部昌澄さんが丁寧に反論や保留をいくつかの論文や資料を提示しているのでぜひ読まれるべきでしょう。

 またコーエンの主張は、景気の落ち込みには金融政策を割り当てるという点はあるものの、基本的には大停滞=構造要因説なので、景気の落ち込みを本当に解決できるのは、新世代の登場とイノベーションのみになる。この点について、コーエンは日本を大停滞のよく経験者とみなしているが、それは僕には単に事実誤認に思える。この点をめぐっても解説をかかれた若田部さんが直接、コーエンとこの大停滞の解釈を日本にも即して交わした意見が掲載されているので読まれると役にたつと思う。

大停滞

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