蓼沼宏一『幸せのための経済学 効率と衡平の考え方』

 中学生と高校生に向けて日本学術会議がお送りするシリーズの一冊だという。まずその目的にはまったくむいていない。この本に書かれていることをその問題意識とともにフォローできる中学生はおそらく皆無、高校生でも相当ハードルがきついだろう。

 本書に書かれている話をひとことでまとめることはおそらく可能だ。利害対立を調整してみんなが満足するようなやり方を考えるのは「面倒だな」ということだ。「面倒だな」ということをちゃんと道筋をつけて理解することがこの本の肝だと思う。それゆえに本書の冒頭にでてきたチリ落盤事故でのエピソードが奇跡のように映る。人間は「面倒だな」という事態でもままなんでか奇跡のようにやりとげていっているという不可思議な生物でもある。おそらくそういうことを「面倒だな」と「奇跡」のふたつを理解すればいいのではないだろうか? 

 しかし中学生でも高校生でもなく、経済学に関してすでに(あるいはこれから)関心をもっている人たちには得ることも大きい本であるし、論点のすぐれたまとめになっている。僕も脳内の整理に非常に便利だった。特にアマルティア・センの「機能」、ロールズのマキシミン原理、パズナーとシュマイドラーのPS福祉指標を扱う第7章、第8章は刺激的な議論が展開する。ただ最後の(183頁以降の)アローの不可能性定理とPS福祉指標との関連は、中学生でも高校生でもそれ以上でも駆け足すぎてわかりずらいと思う。

 いずれにせよ経済学をすでになんから学んだ人はぜひ一読すべき好著ではある(中学生や高校生は独力では基本無理だと思う、しつこいがw)。