勝間和代『恋愛経済学』

 恋愛を経済学的センスで読み解くことを目的にした勝間さん独自の恋愛論。これはかなりな力作です。実は本書の構想は一年近く前からお聞きしていたので本書の登場は待ちに待っていたものでした。

 実は恋愛と経済学というのはかなり距離があったのです。イギリスの偉大な経済学者デニス・H・ロバートソンはかって「経済学は何を節約しているか」という問いに「愛」と答えたのです。

 しかし現代では社会制度、結婚制度、そしてセックス、セクシャリティ、人間の交流などさまざまな側面で「愛」「恋愛」の問題が経済的な合理性と関係しているのは自明でしょう。この現代社会の最大テーマともいえる恋愛市場を大胆に分析したのが勝間さんのこの本であり、実践的なアドバイスも豊富で、どんどん読ませます。
 
 冒頭、勝間さんは「恋愛の一番根底にあるのは生殖の問題である」と言い切ります。恋愛はいわば生殖機会をできるだけ最小のコストで得るかという経済問題、競争の問題として読み変えるのです。

 「実用としての恋愛とは、女性が妊娠・出産という希少な資源(リソース)をいかに相手に分け与えるかということ」(本書27頁)という勝間さんの考えはストレートかつ論議を呼ぶ刺激的なものでしょう。

 ただ勝間さんのこの経済学的視点は、例えば進化心理学的な見地と整合的です。勝間さんもそうですが、進化心理学は人間のこころをいくつかのモジュール(半製品、パーツみたいなものと理解してください)からなる複雑なものとみなしています。

 そのこころのモジュールはさまざまな性格を持っているのですが、勝間さんも進化心理学も実用としての恋愛に、配偶者選択モジュールといわれるもの重要な役割を与えていることが特徴だと思います。ちなみに大急ぎでいいますが、勝間さんも進化心理学もこころをモジュールの集合とみなしているので、恋愛を配偶者選択モジュール以外のモジュールがかかわることもあるという可能性を排除していません。恋愛はそれだけ複雑であることもちゃんと勝間さんは抑えているわけです(ここのところはアセクシャルのケースや多様性を考慮した結婚制度の設計の必要などに明瞭です)。

 異性愛しかも生殖目的が中心ですが、それ以外の多様なこころのモジュールによる戦略(同性愛、純愛、アセクシャル)も認めていて、その上で本書ではあえて配偶者選択モジュールに焦点をあわせていると僕は理解しています。

 さて恋愛をこのようなの効用は結婚をピークに急速に減価するという法則、恋愛市場のレモン市場的性格(結婚していない人はレモン=問題のある中古車 ではないかという逆選択の可能性)、また資源=資産をより多くもった男性や女性がもてることなどが明らかにされていきます。

 また男性の恋愛戦略(ヒエラルキー重視=男尊女卑的な発想、多数の女性と性的機会を得たいと考える性向など)と女性の恋愛選戦略(卵子が快適に暮らせる環境の追求)とのミスマッチが根源にあることを勝間さんは指摘しています。これは第三章の冒頭にある「セックスというものに対して、男女の対価は不平等だ」という命題からも明らかです。

 この不平等な戦略の違いは、両方の性のもつ資源の違いでもあります。「男性の希少資源は経済的資源とか時間的資源ですが、卵子の数が限られている女性の希少資源はセックスなのです。双方の希少資源を交換するのが、一般的な結婚です」(149頁)

 この勝間さんの指摘は卓見でしょう。ちなみにこの両性の戦略の違いは興味深い現象を招きます。これは勝間さんの例ではあまりません(僕の『最後の「冬ソナ」論』で利用したもの)が、いま若い男性層、若い女性層、高齢な女性層、高齢な男性層がいるとします。進化心理学の知見では、高齢な男性は若い女性をもとめ(生殖=子孫を残す可能性が大きい)、若い女性は高齢な男性をもとめる(経済的資源が豊富なため)、若い男性は同じく若い女性を求める。この場合だと生殖としてのセックスの資源をあまりもたない高齢な女性層が恋愛市場において供給過剰になり、高齢女性の価値が下落してしまう。

 しかし高齢な女性たちにも恋愛市場で生き残る方策はあります。勝間さんが後半で強調している心のバランスを高齢女性たちとの交際によって得やすいことこれが性的パートナーに魅力に思える可能性もあるでしょう。またこれからの高齢化社会において、40代や50代の女性が経済的資源をもつことで今度は若い男性をひきつけるかもしれません。

 論争的な性格の本ですが、とても面白い考えが濃縮されていて刺激的です。最後の秋元康さんがコメントしているように「恋愛経済学も、カツマカズヨも恐るべし」だと思わせる一書でしょう。

恋愛経済学

恋愛経済学

こころのモジュールや男女の性戦略の違いなど進化心理学の入門書は以下が定番

また勝間さんの主張と整合的な進化心理学恋愛論としては以下が参考になります。

デヴィッド・M. バス 『女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化 』と『一度なら許してしまう女 一度でも許せない男―嫉妬と性行動の進化論』。

バスは例えば次のように配偶者選択モジュールについて述べています

「オーストラリアの海岸地帯に住む人々から南アフリカズールー族に至るまで、世界中の女たちが好む男の資質は、野心、勤勉さ、知性、頼りがい、創造性、面白い性格、ユーモアのセンスといった資質、つまり資源を獲得し、地位を得るのに役立つ資質である。受胎から出産まで9カ月にわたって体内で胎児を貞てるという、女に課せられた多大な投資を考えれば、女がその代償に、投資できる男を求めるのはきわめて理にかなっている。女が豊な資源をもつ男を選べば、子どもたちは生きのび、いい暮らしをすることができるだろう(略)これとは対照的に、男は女の生殖にかかわる資質を重視する。若さや、健康、容姿、−つやのあるひふ、きらきら輝く瞳、豊かな唇、左右対称な顔立ち、ほっそりしたウェストーなどである」。

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

一度なら許してしまう女 一度でも許せない男―嫉妬と性行動の進化論

一度なら許してしまう女 一度でも許せない男―嫉妬と性行動の進化論

また日本の進化生物学の第一人者が訳したより包括的な恋愛の進化心理学の名著は下のもの

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)