勝間和代『やればできる まわりの人と夢をかなえあう4つの力』

 勝間さんは本気の人である。言い方をかえると誠実に努力を積み重ねる人、という印象が強い。日本のデフレ不況を打破するために、勝間さんが「本気」を出したことは、多くの国民に問題がどこにあるのかを気がつかせることに成功した。それは日本銀行総裁や一部の審議委員が渋々認めなくてはいけないほどの国民の声を代弁したものである。政府のデフレ宣言、大マスコミの日銀批判も加わってはいるが、どうみてもそのファーストインパクトとは勝間さんの管副大臣へのプレゼンやそれに前後する猛烈なメディア上での脱デフレの啓蒙活動にあったのは疑う余地はない。「勝間ショック」である。

 しかも勝間さんの発言には行動力が伴っていた。その行動力に、僕もまきこまれた。まずともかく勝間さんと会いたいと思った。まわりにはこの日本を代表するセレブといっていい知識人に警戒を表明する知人もわずかだがいた。しかし僕の信頼する高名なエコノミストはすかさず「勝間和代が日本を救う」という題名のメールをいわゆるリフレ派のエコノミスト全員に送ってきた。すでにブログにも書いたが、僕もこの高名なエコノミストの意見と同じものをすでに抱懐していた。

 本書の中心メッセージのひとつは、周りの人を認め、そして自分も認めてもらうことで、周りの人たちをまきこむ形で成長していく、ということではないか、と思う。上に書いたが、「勝間ショック」に僕もまきこまれた。そしていまは詳細は書かないが自分なりに行動するときがきたと確信し、そして結果、自分もある程度「成長」したと思う(もちろん書くまでもないのだが、岩田先生の獅子奮迅な論陣、そして宮崎哲弥さんからの感化、古くからのリフレ派の知人たちからも根源的なショックを僕は日常的に受けている。その影響と感謝はここで文章にはできないほどである)。

 と同時に、勝間和代とはいったいどんな人なのか、自分の行動を変えるほどのショックを与えた人物とは何者なのか? そういう気持ち=知的好奇心を抑えることができなかった。そして本書でも自分の「へんか力」仲間をみつける通路としてのミクシィTwitterの効用が書かれている。僕の行動を変えつつあった(=へんか力)のルーツを知りたいために、再開したばかりのTwitterでつぶやいてみることにした。「勝間さんってどんな人なんだろうか」と。

 このつぶやきが、まさに「へんか力」をさらに引き起こした。数日後、僕は初めて勝間さんに会うことができたからだ。しかもただ会うだけではなくその会合は、デフレ停滞にもまさに「へんか力」を引き起こそうという「とんがり力」(脱デフレが世の中で支持されること。本書の一般的な解説では「ある集団内において、その人に十分に市場価値がみとめられること」などと解説されている)を磨くための会合であった。

 そして初めてお会いした勝間さんはまさに「本気」の人だった。

 そのときまで、勝間さんの書いたもので読んでいたのは、拙著の『雇用大崩壊』や『偏差値40から良い会社に入る方法』で引用した『文藝春秋』誌上に掲載されていた勝間さんの自伝的なエッセイのみだった。そこに書かれてあり、僕が前記の著作で引用したのも「あくまでも自分の強みを軸にして、一つずつ、少しずつ、ずらすやり方」(『やればできる』169頁)をご自身の経験や保険外交員の女性のエピソードを交えて書かれたものだった。

 「これも、「勝間和代だからできた」と言われているかもしれませんが、唯一私が行ったことは、自分の三割の時間をひたすら、「変化の時間」にささげたことです」(『やればできる』162頁)。

 この自己投資の原理は実は僕も無意識に実行していることだ。最もその成果がうまくいくかどうかはまさにトライ&エラー、ただ本書に書いてあるように一万時間とはいかなくても持続することが経験知を高めることはいえることだ(なお本書にはあきらめることの必要性もちゃんと書いてあるし、間違うことへの謙虚な姿勢も書いてあったり、さらに間違いを回避するためには自分のこと=勝間本すらもひとつの選択肢にすぎない、香山リカ氏などの本も読むべきだと書かれてもいる)。

 僕にとっても大学の教員の仕事や日常の生活というルーティン以外に、たぶん2、3割は時論に時間を割いていると思う。これは時間管理上かなりきつい。しかしネットや知人たちの輪を利用してなんとか経験知をあげてきたのがこの数年だった。こういったことは実は多かれ少なかれいろんな人が無意識にせよやっていることだろう。もちろん本書を読んでも、著者が何度も懸念しているように、「勝間和代だからできた」といわれる可能性は大きいだろう。でもそれは考えてみればあたりまえである。みんな勝間和代にはなれない、だからこそいいのだ、と僕は思っている。むしろ、本書を読み、あるいは本書を読んだあとそれを捨てることが(捨てるのはゴミ箱ではなく心の引き出しのどこかです! 笑)、自分と勝間さんの違いから、自分自身がどんな人であるかを再考するきっかけになるだろう。

 その意味で、本書は、「勝間和代を活用する」特上のスキルが詰まっているといえるだろう。

やればできる―まわりの人と夢をかなえあう4つの力

やればできる―まわりの人と夢をかなえあう4つの力

 (付記)なお、勝間さんが離婚されて独力でお子さんを三人育ておられる。その経験は本書でも他のエッセイにも書かれていた。僕が勝間さんに会う前からその「本気」を感じていたのは、僕も実は母親が離婚し、ほとんど無一文から四人の子どもを育てた家庭で育ったことが関係していると思う。彼女も「本気」だったし、いまとは比べようもない社会の中で起業して子どもを育てその成長をみて死んだ。その僕の過去の生活環境が、勝間さんの本を親しく読める原因に寄与していることは疑いない。