ネットって……

 ケインズをおそらくまともに読んだことのない「嘘つき」で有名な人物がまたしょうもないことをいっているようだ*1

 さてケインズが清算主義的政策に対する批判をどこに書いているかである。ケインズの清算主義(労働者の賃金を引き下げて失業が増加してもやがてより高い雇用水準=完全雇用を達成できる)への批判は、『一般理論』第19章貨幣賃金の変化、に書かれている。

 この点については暇人ブログさんが解説しているのでそれをそのまま引用したい。
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20080927/keynes_reflation

この議論は19章でさらに詳細に展開されている。この章では、伸縮的な賃金政策を取り、名目賃金を下げれば均衡が回復する、というピグーら古典派の主張に反論し、むしろ名目賃金の下方硬直性は望ましく、それと伸縮的な価格政策を組み合わせるべき、と論じている*2。そこで挙げられている論点を適当に抜き書きしてみると以下の通り。

賃金引下げは、これ以上低下しない、という水準まで下げないとむしろ逆効果だが、その水準に一気に下げるのは現実的には不可能。
賃金低下は交渉力の弱い弱者にしわ寄せが行きやすい。
賃金低下によって実質貨幣供給を増やすと、負債の負担が高まる。名目貨幣供給増加によって実質貨幣供給を増やすと、負債の負担は逆に低まる。
このうち1番目のポイントは、先の3)が駄目な理由の再説であり、アンドリュー・メロン流の清算主義への反論になっている。2番目のポイントは、まさに今世紀に入って日本でパートや派遣社員の人たちについて良く言われるようになったことである。3番目のポイントは、デフレが日本で顕在化した時に指摘された問題点である。つまり、(考えてみれば当たり前であるが)日本で問題になったデフレ不況に関する主要な論点は、ケインズがすべてこの本で既に論じているのである。

また、この章の最後では、長期的な物価政策についても触れており、

賃金を安定させて物価を技術進歩に伴い低下させる
物価を安定させて賃金を緩慢に上昇させる
の二者択一を迫られるならば、ケインズとしては後者を選ぶ、と述べている。その理由としては、

賃金上昇期待が存在する方が完全雇用政策が容易
賃金上昇により負債の負担が徐々に軽減していくのは社会的な利益
衰退産業から成長産業への調整が容易になる
貨幣賃金の上昇からもたらされる心理的励み
を挙げている。ここでの議論は、日本で一時期流行ったいわゆる“良いデフレ論”を先取りして簡潔に論破したものになっているのが興味深い。また、後世で展開される新古典派理論で捨象されていった重要な論点のようにも思われる

 
 このid:himajinaryさんのまとめはかなり使える。松尾匡さんの新作のイタコ経済学史もケインズのこの第19章の議論を重視しているものだ。ちなみにここでケインズは「所得政策」の可能性もいっているが、僕がダイヤモンドのインタビューでもちゃんと説明したように、(政府と協調した)金融政策が機能すれば、おそらくそのような「所得政策」はせいぜい補完的な役割しか果たさないこともケインズ自身はこの章できちんと書いている。

 ところで名指しで批判しろ、ネットでプロレスを! と叫ぶ人もいるが、申し訳ないがそういうのはお金をちゃんと払ってみるべきである(プロレスなので)。また「嘘つき」相手にネットで議論するのは愚かしいことに思える。それは今度の公開イベントに回す。なるべく参加者とも議論したいので参加者からの質問はどんどんうけつけたい。どうもリクエストをみると現代の論者への批判を全開にしてほしいという要望が多いのでそれに配慮して進行は柔軟に考えたい。

松尾さんのイタコ経済学史は以下である。

対話でわかる 痛快明解 経済学史

対話でわかる 痛快明解 経済学史

*1:似た現象だが、就職指導もしたこともないのにしつこく新卒市場で適当なことを書く人間がそこそこ注目されているブログやはてブで勘違いを書くのをみても、正直迷惑なのでかまわないでくれよ、といいたい気分にさせる。そういう人は僕の新刊なんか読まんでもいいから、ご自身で就職カウンセリングを何年かやったらその発言は読むに堪えうるものにすこしはなるんじゃないだろうか。ただの経験なき妄想を書かれてもハタ迷惑はなはだしい。経済学を知らないで経済学を批判する人に似ていて、正直つきあいきれない