ポスト麻生の経済政策を吟味する(再掲載)

 メルマガ原稿だけどこっちにも掲載してもそろそろいいでしょう。いまはこれを補完するようなアメリカの経済政策原稿を書いている最中。それは某誌に掲載される予定。しかし朝日新聞世論調査をみてみると、民主党の政権奪取というのもかなりあぶなかっしくなってきた。さらに政権とってもいまだ民主党の経済政策がはっきりせず、せいぜい不況が少しでも収束したら金利上げるくらい苦笑。自民党の敵失で浮上してきて、何の経済政策も大胆に出せないのでは、そんなに政権奪取って甘いのかな? 理知的にはそれでは政権はとれんでしょう。オバマ政権のまねぐらいは自民党でもできるので、どう経済政策を設計するかが重要。オバマのまねというのはグリーンなんとかみたいな修辞のつく財政政策。ここで与野党が差をつけることは事実上無理ですね。比喩的にいえば、高速道の料金を1000円にするか500円にするか程度の違い。タダにだって与野党ともにやろうと思えばできる。つまり財政政策で差をつけることは不可能だと僕は思うな。じゃあ、どこで差がつくか。経済総合安定本部みたいなものをつくって日本銀行を法規的に取り込んで総合的な拡張財政金融政策(日銀の国債直接買い取り)をやるとか? そうじゃないとこの種の政治的スキャンダルで砂上の楼閣のようにガタガタいっちゃうよね。ところで妙に日本にはユーフォリア感があるけど、どう考えても最短1年以上は深刻な不況に直面するし、失業率の爆上げもこれからが本番なんでそのうち冷水を浴びんじゃないかな。ともかく景気対策への世論のプレッシャーは続行しないとね。

ーー以下原稿ーー


ポスト麻生政権の経済政策」という今回のテーマをいただいたときは、まだ西松建設問題で小沢一郎民主党代表の秘書が逮捕される前であった。そのときは、麻生政権の支持率が一桁から10%強といった程度であり、政権末期を思わせ、自民党の中からも「麻生降ろし」の声が聞こえた。

しかし西松建設ショック以降、麻生流の景気対策であった定額給付金問題にもけりをつけた今、「麻生降ろし」の声は急速にしぼんだ。また相変わらずの支持率の低迷にもかかわらず、「首相でいることが無上に好き」と噂される麻生首相の口からは、解散総選挙や退陣を匂わす雰囲気は絶無である。

また「ポスト麻生」の担い手もかなり不透明である。すでに政界引退を表明した小泉純一郎元首相には相変わらず国民の支持が高いが、彼が政権を担うことは非現実的であろう。西松建設問題で支持を失っている小沢氏を含め、次期首相候補といわれる小池百合子衆議院議員、舛添厚生労働大臣らに対する世論の支持もあまりはっきりしない。

また民主党への支持は底堅いが、スキャンダル後とあってブームを起こし、政権を確保できるのかどうか不透明感が増している。そんなわけでこの原稿を書いている段階では、「ポスト麻生」に近いのは、なんと麻生首相になってしまうのである(笑)。

さて「誰が」という問題はとりあえず脇に置いて、どんな政策がこれから議論の対象になるだろうか? そもそもこれからの経済政策論議で重要な点はなんだろうか?

それはGDPの減少を食い止めること、ほぼそれと同義であるが失業率の悪化を止めることである。GDPはもちろん経済の大きさを示す経済指標であるが、これがどのくらい減少している(するのだろう)か? テレビや新聞などの報道では、しばしば第一次石油ショック以来の経済の落込みを、いまの日本経済は経験している、と伝えられている。

例えば、実質GDP成長率の前期比年率伸び率は、昨年10〜12月期はマイナス12.1%の落ち込みであった。今年の1−3月期は、おそらく5〜6%ぐらいの落ち込みであろう。いま思考実験として、実質GDPがだいたい570兆円規模をもって完全雇用水準にあると想定する。また麻生首相が昨年から常々口にしている「三年で景気回復」を信じるとしよう。つまり2011年度には完全雇用水準に戻っているという想定である。

比喩的にいえば、経済には潜在能力フル回転の潜在GDPと、現実の体力を示す実質GDPがある。この潜在能力を達成しているときには、完全雇用が達成されていると考えるわけである。そして潜在能力と現実の能力の差を、GDPギャップという(日本経済の体力格差みたいなもの)。だいたいこの日本経済の体力格差は、ここ1、2年は70〜80兆円の間ぐらいと推測できる。この格差をいかに縮小するかが、いいかえると人々が失業せずにすむ水準まで、日本経済の体力を回復することが、経済政策の取り組む大きな課題である。

さて問題がはっきりしてきたので、「ポスト麻生政権」の経済政策のメニューとして論じられているものを見てみよう。以下は私の主張したい経済政策ではなく、いま政治の場で主に話題にあがったりしているものを中心に選んだ。例えば金融政策は、以下のいずれにも増して決定的に重要なのだが、とりあえず除外しておく(関心のある人は、拙著『雇用大崩壊』などを参照されたい)。

(1)雇用の流動化案(正社員の保護をやめて採用コストを引き下げて
企業が社員の採用をしやすくする)
(2)日本版ワークシェリング
(3)贈与税減税、無利子相続税免除国債の発行
(4)政府紙幣の発行
(5)三年後の消費税増税と対の定額給付金のさらなる増額
(6)日本版グリーンニューディール
(7)給付付き税額控除
(8)雇用保険拡充

まず(1)であるが、採用コストの引き下げで失業の悪化を避けるということは、単純化すると雇用者報酬(雇用者数×時間×一人当たり賃金)を引き下げることである。雇用者数は失業者が増えないので一定。労働時間も一定とすると、一人当たりの賃金を引き下げることと等しい。

例えば、この種の採用コスト引き下げ論者の一人である池田信夫氏は、「年収1500万円の社員が2割賃金をカットしたら、一人の非正規社員が採用できる」(『SAPIO』3月25日号掲載の論説より)と主張しているので、採用コストの引き下げをほぼ賃金引下げと等しいと考えているようだ。

しかも「まず雇用流動化で失業が増えることはない……だが、解雇が可能になれば社員を雇うハードルは一気に下がる。派遣社員の直接雇用も容易になり、正規と非正規の二極化も是正される。労働需要が増えるので、解雇された人も、次の職を得やすくなる」(同上)ということだそうだ。

ところで、上記GDPギャップから計算できる失業率は6〜7%の間である(もっと増加するという試算もある)。完全雇用水準の失業率を3.5%と過大に(これは私の考えでは肯定できないのだが)とってみると、2.5%〜3.5%ほど需要ショックで失業が拡大していることになる。この社会的なコストを採用コストの引き下げ、つまり賃金の引き下げだけでカバーしようというのが、池田氏らの主張である。

思考実験で想定したものに合わせると、雇用者報酬は280兆円ほどなので、雇用者報酬をここ1−2年、70兆から80兆引き下げることを意味する。ただ雇用者報酬は、池田氏らが想定している現金給与そのものではない。そこで
『毎月勤労統計調査』から、おおよその現金給与額を計算してみる。常用雇用者数×(事業所規模が5人以上の)全産業の現金給与12か月分は、約150兆円ほどである。

つまりイメージ的には、給料がほぼ半減することで、この種の採用コスト切り下げ論者は、経済が完全雇用水準で安定すると考えていることになる。わずか2年後に給料が半減して、はたして私たちの社会はより望ましい状態になったといえるのだろうか? むしろ社会的不安が加速化し消費や投資が冷却することで、そもそもの問題であった総需要不足さえもさらに悪化して、ついには負のスパイラルに落ち込むだろう。厳しい不況における給与の劇的な引き下げはまた働く人たちの労働意欲も削ぐだろう(ジョージ・アカロフ&ロバート・シラー『アニマル・スピリット』)。

ちなみに不況対策として、解雇規制緩和などの雇用流動化を「特効薬」であると信じている人たちのシナリオでは、この給与半減状態から経済は一挙にジャンプして以前の完全雇用が達していた成長経路よりも、より高い成長経路に乗るという想定がおまけについてくるケースが多い。これは給料が半減した人たちに、その給料の倍あった人たちを上回る人的資本の投下(職業訓練、教育に対して、半減した給料で前よりも多くお金を使うこと)を期待することにほぼ等しい。私にはこの種の議論は非現実的であり、また論ずるに耐えない代物に思えるのだが。

実は、(2)の日本型のワークシェアリングもこの種の給料半減政策と基本的な発想は同じである。全体の給料を引き下げて既存の従業員の雇用を保持するからである。これは(1)にもあてはまるが、給料を引き下げることによる従業員の労働意欲が低下するおそれが高いだろう(イェール大学のトルーマン・ビューリーらはこの点を実証している)。このような給料半減や、ワークシェアリングに対するより立ち入った論証は、高橋洋一氏の「“給料半減”時代の経済学」を参照のこと。特に以下。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090312-00000002-voice-pol

(1)も(2)も今回の不況対策の「特効薬」としてではなく、長期的な生産性の改善という観点から論じることはできる。しかしそれが不況対策として誤用されてしまうと、不況をさらに深刻化するリスクを伴う。長期的な生産性をもたらすかもしれない経済の新陳代謝(とそれを促す政策)が、不況の中ではまともに機能しないことを、このことは明らかにしているともいえる(給与半減などという不況政策=清算主義が、かえって経済の新陳代謝を妨げることは、竹森俊平『経済論戦は甦る』日経ビジネス文庫などで論証されている)。

(3)についてだが、いずれも資産保有の大きい主体を優遇する政策である。しかも世代にまたがって資産格差を拡大するおそれの大きい政策である。しかしここでは問題をこの政策が、総需要を喚起するのか(つまり日本経済の体力格差を埋めるのか)に焦点をあてる。まだこの政策の設計がよくわからないので断言はできない。

だが、この無利子免税国債のバラマキ(ヘリコプター国債)は、もし満期が存在するとすれば、その時点で借り換えが行われる。そのとき、利子のつく国債への借り換えがあるとすれば、それは将来の課税と組み合わさっているので、総需要を喚起するかどうかはわからない。

(4)は、政府が独自に貨幣を発行し、その貨幣の製造コストを上回る利益を得ることで、それを減税、社会保障の減免や政府購入などにあてることを意味する。これは「ヘリコプターマネー(貨幣)」とよばれる政策である。通常の量的緩和政策を「ヘリコプターマネー(貨幣)」とする解釈もあるが厳密には正しくない。これは国民が直接に購買力を手にすることになり、また財源問題も無視できる点で「ヘリコプター国債」よりすぐれている。

もちろん「経済にフリーランチはない」。だが、この種の政策の最大のコストは、インフレになることである。日本経済のように長期のデフレ(停滞)状態が継続する社会ではむしろそのコストはウェルカムであろう。いきなりハイパーインフレになると(歴史上見聞したこともない現象を)心配する人がいるが、インフレ目標の導入がその種の妄想的暴発を鎮めるだろう。

また、「ヘリコプター貨幣」を、日本銀行が政府から新規国債を、直接に引き受けることと同義であると批判的に指摘されることがある。もちろん日銀が市中から新規長期国債などを買いオペするのと同じだと考えてもいいが、そもそも日本銀行は積極的ではないのでは、やはり政府が発行するしかないであろう。もちろん日本銀行が長期国債の買いオペを積極的に拡大するならば大賛成である。

(5)定額給付金については、執拗に三年後の消費税増税と組み合わせて政府では議論された。これ自体が、将来の増税をおそれて、国民が給付金の支出を抑制する効果をもつ。実際に、90年代に行われた地域振興券はあまり総需要喚起効果がなかった。また額も2兆円と少額であり、これは上記の思考実験における体力格差をうめるには物足りなさ過ぎる。仮に額を増やすにしてもその10倍は少なくとも必要だったろう。

(4)の政府紙幣と組み合わせた所得移転の手法として使えば、財源問題もクリアでき、有効であろう。もっとも簡単にふれたが、(4)も(5)も日本銀行が積極的に行えばわざわざ国会で想定されるような政治的な紛糾を経ずして実現できるのだが、日本は残念ながらそうなっていない。日本銀行が責任をとらないのだ。

(6)「グリーン」がつくかどうかはさておき、例えば望ましい公共支出の例として、竹森俊平氏は以下のように述べている。

代替エネルギーの研究開発をはじめ、電気自動車実用化への開発研究、充電施設などのインフラ整備、温暖化対策、省エネ対策を実施する企業への支援、ITネットワークの整備拡充を早める、成田〜羽田を結ぶ高速鉄道、東京〜大阪を結ぶリニアモーターカーへの先行投資など、日本が将来的に世界のテクノロジーを牽引していける技術開発などに投資する方法がいいと思います」(『米金融危機、日本の活路はどこにある!?』洋泉社MOOK)。

確かにこの見解は傾聴すべきものではあるが、ただし財政政策は金融政策と組み合わさることで始めて効果があらわれる。「グリーンニューディール」の本家のアメリカでも、政府の財政政策とFRBの超金融緩和政策が組み合わさることで効果が発揮されるだろう。また過去のグリーンなき「ニューディール」でも財政政策は、FRB国債の大量購入による貨幣供給量の大幅な増加によって支援されていた。ゆえに、この(6)はそれぞれが意義があっても、金融政策の支援がないならば、その効果は著しく減退するであろう。

(7)給付付き税額控除は、民主党が積極的にすすめる案である。これは自民党が主導している(3)にくらべて経済格差を是正する効果(所得税の累進性の侵食を防ぐ効果)もり、消費増の効果があると期待される。給付付き税額控除案とはそもそも何かを含めて、詳細は、私の説明を読むよりも、岩田規久男『世界同時不況』(ちくま新書)を読まれたい。

最後に(8)だが、これは非正規労働者の失業の増加などをうけての緊急避難的なものであり、上記した日本経済の体力格差を本格的に解消するものではない。

以上まででさまざまな政策について簡単に検討してみた。金融政策をとりあえず無視して議論していくと、日本経済の体力格差是正に、最も効果が期待されるのは(また副次的な市場の歪みの少ないものは)、政府紙幣の発行といえるだろう。実際に、20〜30兆円規模の政府紙幣発行は、真剣に検討されるべき政策といえるのではないか。給付付き税額控除も補助的な政策として有効であろう。

もちろん岩田『世界同時不況』や原田泰・大和総研『世界経済同時危機』(日本経済新聞社)や、私の『雇用大崩壊』などでも指摘されているように、いまの日本経済に必要なのは、長期国債の積極的な買いオペ、企業や家計の金融まで介入する日本銀行の買いオペ手段の拡大、そしてインフレ目標の導入といった超金融緩和政策の導入が基本となる必要があるだろう。詳しくはこれらの書籍を参照されたい。

ところで、(金融政策以外にも)上記でふれなかった重要な「政策」がある。それは選挙の実施である。実際のところ、与野党ともあまり大差のない経済政策を考えている。しかし、政治的な駆け引きのために景気対策の実行が非常に遅れている。これを選挙で解消すること――簡単にいえば衆議院参議院で与党が過半数を安定的に占めることが望ましい。もちろんその与党がどうなるか(民主党を中心としたものか、あるいは別の陣容なのか?)、それは現時点で見えてこないが。