「トップの一本」は大切に?

 Baataismさんに教えられた話題。

 もしも波平がホントに美容院に来たら?
 http://www.excite.co.jp/News/bit/E1223568706161.html

 もし日本の国民が老若男女問わずに波平となったらどうなるだろうか? たぶん日本は流動性の罠ならぬトップ一本の罠にガチンコ嵌る。

 これは僕が基本理論を構築したのではなく、かの小野善康さんの理論を応用すればいえることだ。この小野理論はよくインタゲ批判だとか、なかにはリフレーション一般を批判するために用いるトンデモさんまでいるのだが、それらの諸解釈はミクロ的基礎の明示がいまいち足りない。しかし波平であれば国民にも分かりやすいミクロ的基礎が提供できるだろう。なんといっても毎週全国で絶賛放映中で、彼のミクロ的行動は全国民に明示されている。波平モデルの明晰さと扱いのよさは流動性の罠の理論の中でも群を抜くことだろう。以下はそのような波平によるミクロ的基礎づけを小野理論に与える。わりと簡単に小野理論を超えるスーパー波平理論が完成するだろう。以下、基本テキストは名著『不況のメカニズム』による。

 あらかじめ結論をいうと流動性の罠を上回る不況を招く「トップ一本の罠」が起きるのは、波平が「トップの一本」に異常にこだわることで生じる。波平の「トップの一本」の保有願望がブラックホールのように購買力を飲み込み、ついには貨幣の保有願望をも飲みつくしてしまう。これによって「トップの一本」の保有願望が、経済を停滞させ長期の不況を招く。

 以下に簡単に説明しよう。図は波平が所得を消費と貯蓄に回すときの活動を図式化したものである。小野先生の本の図17に多少の修正を施したものである。

 波平は所得を消費するか(例えば増毛剤、ヘアケアサービスなどへの消費である)、もしくは使わないで貯蓄するかする。貯蓄は資産を増加する行為として考えられ、それは貨幣を保有するか、あるいは実物投資とするか、あるいは「トップの一本」にまわすかされる。「トップの一本」はもちろん抜けてわか〜る大切な「資産」であるのはいうまでもない*1

 図では貨幣保有を一単位増やすことから得る流動性の効用を貨幣単位で測ったものを「流動性プレミアム」と読んでいる。これは(誤解を恐れず書けば)直観的にいえば貨幣をちょっと増やすことでもたらされる快楽であるビビビビビビ。

 例えば人は貯蓄して貨幣保有を増やせば流動性プレミアム分の快楽を得るビビビビビ。また実物投資も収益率という「利子」をもたらすだろう。そして「トップの一本」を保有することでもたらされる利子率も存在するだろう(あとでこの名称は指定する)。いま合理的に行動すればこの流動性プレミアムとそれらの各種利子率はちょうど等しくなるにちがいない。

 他方で消費との関係はどうだろうか。いまの消費を犠牲にして貯蓄(将来の消費)を選択するさいに、比較しなくてはいけないのは消費の利子率(時間選好率+物価上昇率)である。この消費の利子率>流動性プレミアムならば消費を増加したほうが波平にはいい。

 例えば波平は育毛剤頭皮マッサージなどの消費を行うことを選ぶだろう。逆に利子率<流動性プレミアムの場合では、波平は育毛剤頭皮マッサージを断念して、貨幣保有を選択するだろう。さて人々は、この流動性プレミアムと消費の利子率がちょうど一致するように消費量を選択する(この意味で流動性プレミアムとは消費と貨幣保有との限界代替率である)。

 しかし流動性の罠の存在を考慮すると事態は異なる。小野先生は先にも書いたように貨幣の保有願望は事実上飽和することはない、どんどん貨幣を持ちたくなる、と考えたのである。以下その部分の引用である。

 「ここで流動性の罠があれば、購買力は貨幣にいくら向かっても流動性の便益は下がらないが、有利な投資機会や消費への欲望は、それそれ投資や消費が増えるにつれて減退する。そのため、実物投資や消費には限界がある一方で、貨幣は購買力を限りなく吸い込み、需要不足の状態が続く。すなわち、飽くことのない貨幣保有願望を持つ人々が、みずからの持つ流動性選好と時間選好を両立させるように総需要を決めるが、その水準が完全雇用生産量と両立する保証はないということである」(小野、174頁)。

 これは飽くことのない貨幣保有願望とは、貨幣保有願望が高止まりして流動性プレミアムがある一定の水準以下にきり下がらないことを意味している。そのため消費するよりも貨幣を保有することを波平が選ぶので消費は冷え込んでしまう。他方で流動性プレミアムが高止まりしていると実物投資も冷え込む。例えば実物投資にまわる資金量が増えれば増えるほどその収益はどんどん低下していく。しかし貨幣保有の便益はそんなことはない。そのため実物投資にまわる資金には限界があるが、貨幣保有はそんなことはないので貨幣保有ばかり増えていく。

 しかし貨幣保有願望よりももっと恐ろしいのが波平の「トップの一本」への保有願望である。『サザエさん』を見ている読者の方には自明であろうが、波平が物語を通してもっとも執着しているのはお金ではない。「トップの一本」である。

 つまり「トップの一本」の保有願望の方が貨幣の保有願望よりも大きいのである。波平は資産をもてば貨幣の保有願望よりも「トップ一本」の保有のためにその資産をどんどん回すであろう。これはさらに深刻だ。つまり流動性プレミアムよりもこの「トップの一本」の「利子率」(これをトップ・プレミアムと名付ける)の方が高止まりしているのだ。

 このため小野モデルの場合よりも相対的により一層高い水準で利子率が止まることで消費や実物投資の一層の減少を招き、それが総需要を低下させ、さらに不況を深刻なものにする。国民全体が「トップの一本」にこだわる波平になればその衝撃度は深刻なものである。

 ではこのときどう処方すればいいだろうか? 理容師が「トップの一本」を誤って「清算」すべきか?*2 あるいは猛烈に効く毛生え薬が開発されることで消費の魅力を高め、「トップ・プレミアム」を低下させるのか? または期待をコントロールすべきか?(現在のトップの一本ではなく将来のけーぼーぼーにコミットするか)、その選択はわれわれ国民にかかっている*3

 なお「資本注入」(植毛)は、自毛へのこだわりによるこの種の「トップ・プレミアム」を低下させることができるのかその効果には議論が多い。

*1:なお「トップの一本」は時間を通じて一定ではない。ナノレベルでの変化として増減可能な資産である

*2:それは波平の人生への絶望を招くことになるのではないか?

*3:なお、このネタの議論こそ小野理論の貨幣保有願望の不飽和性の問題性をマジに提示していることは内緒ですw