リフレ政策って何?

 世界各地の世界金融危機発の世界同時不況は、明々白々たる総需要不足の不況。それに対応するのは、財政政策と金融政策が中心。資本市場や労働市場の効率化を図る政策はこの総需要不足の解消には役立ちません*1


 で、日本もそうですがアメリカや英国などでもデフレの危機もしくはその深化が予想されています。これを回避して低インフレ状態(最終的には1〜3%のレンジ内、ただしデフレからの脱却過程ではそのレンジ以上になってもかまわない)かつ低失業率にもっていくのが「リフレ政策」。リフレ派は日本だとなぜかネットのジャーゴンになっているわけだけど 笑 ただ単にあたりまえの不況脱出政策の総称。目的(低インフレかつ低失業)のため採用される財政政策・金融政策のメニューは豊富。以下は拙著『経済論戦の読み方』で一覧あげたもの(本書は残念ながらいま品切れ。また04年末当時のものなのでいまこれのリニューアル版を考えています)。

○金融政策
(1)伝統的政策
・短期名目金利の引き下げ(金利の0%到達前)
・将来の名目金利引き下げに関するアナウンスメント(時間軸効果)
・自国通貨の減価(為替レート引き下げ)
(2)非伝統的政策
・オペレーション対象資産の拡大(外債、社債、株式、不動産投資信託等)
インフレ目標/物価水準目標の導入
・マイナス金利の導入(金融資産・貨幣に対する保有税の導入)
○財政政策
所得税減税、法人税減税
・消費税率の引下げ
公共投資財政支出拡大
中央銀行国債引受による減税・政府支出拡大(ヘリコプター・マネー)

 実際には「非伝統」と「伝統」の区分にはあまりこだわらない方がいいと思う(これ日本銀行用語でそもそも非伝統の方を貶めるために使われだしたのに由来しているし)。あと貨幣発行益(つまり政府紙幣発行のこと)を利用した減税などの政策も同書では主張していた(別に最近、推移したわけではないし、こういう人ではないので 笑)。また時限付きの消費税増税も重視していた。こちらの方はいまはそれほど支持していないが、山形案をさらに徹底させれば、実は最近ここで注目しているスタンプ・スクリップ(日付け貨幣)と大差ないともいえる。またレジーム転換も重要である(政策ルールの転換)。


 さらに最近でのFRBの政策(信用緩和)と日本銀行の政策(量的緩和)の差異もあるだろう。個人的には『ベン・バーナンキ』本以来書いているが、信用緩和(多様な経済主体からの多様な資産購入=景気安定)の方を支持していて、植田和男氏流の量的緩和(銀行のバランスシート改善=金融システム安定)+時間軸効果には懐疑的である。


 以下は04年の年末に書いたリフレ政策の解説文。この解説文にいま上で書いたいくつかの記述を加味してもらえればほぼいまの僕の立場といえる。あ、埋蔵金もお忘れなく。

さて、日本がデフレから脱出するためには、日本経済全体で見て財やサービスの供給能力に見合ったレベルまで需要が増加することが必要だということがくりかえし指摘されなくてはいけない。デフレが蔓延しているなかでは、企業の投資意欲や家計の消費意欲は著しく減退しており、民間需要の自律的な回復力に頼った需要増加は見込みにくい。政府が公共投資を増加させれば、企業や家計の需要の弱さを補って成長率を引上げることができる。なぜなら財政政策は、現実GDPの構成項目である政府支出を増加させることであり、これは総需要の不足を解消する。さらに金融政策は通常は、日本銀行による利子率の操作によって行われる。例えば、投資は利子率に応じて変化するといわれている。企業は投資計画を行うときに、その計画がもたらす期待収益と利子率の大きさをみて投資を行うかどうかを決定する。なぜならもし期待収益よりも利子率の方が高ければ、その企業は投資を行わず資金をほかに貸したり貯金したほうが利益がでるからである。したがって利子率が低いほど採用される投資計画が増加していくことになる。
このような財政・金融政策によって、経済の需要不足を解消することがベーシックな処方箋であった。もちろん、政府・日銀もこれまで財政・金融政策によるデフレ対策を実施してきたが、結果的にこれらは実施のタイミングの遅れや需要追加の規模の不足からデフレから本格脱却することはできなかった。そしていまや残された対応余地がかなり限られてきていることもまた事実である。
政府の財政事情に絡む政治的な制約を考えると、これまで以上に大規模な公共投資や減税を行うことは難しくなっている。金融政策についても、政策金利は引き下げようにもほぼゼロ%にまで下がっている。それでは、これら以外にデフレ脱出の有効な手段として何があるだろう。為替レートの円安への誘導は魅力的なものであるし、事実上この政策が2003年以降大規模に実施されて、その効果が2003年からの景気回復局面に表れたとみなすこともできる。この政策については第3章で改めて検討する。もう1つは、通常の枠組みを超えた景気対策の領域に踏み込む勇気を持つことだろう(上の一覧メニュー参照)。議論の俎上に上っているものには、インフレ目標値(インフレターゲット)を導入して金融緩和の効果を高めようと試みや、貨幣発行益を利用した減税政策などがあることはすでに紹介した。こうした非伝統的ともいえる大胆な景気対策の実施には、専門家の間でも意見が分かれている。私は流動性の罠モデルの説明で論じたようにこの期待へのコミットメントを強調する政策を支持している。もちろん短期的な財政政策の金融政策との同時適用をためらう心配は政治的な要因以外はない。しかしより現実的な方策としては、貨幣発行益を利用した減税政策は企業負担の社会保険料の減額などであろう。このような工夫された財政政策と組み合わさればインフレターゲット政策はより確実な効果をあげるであろう。これは伝統的なポリシーミックス(財政と金融のあわせ技)である。
 そしてこのコミットメントをより具体化するために、金融政策の運営フレームワークとしてインフレ目標を導入した上で、長期国債の買い切りオペ拡大を中心とした一段の量的金融緩和を押し進めることである。デフレは本質的には貨幣的現象であり、1890年代の英国におけるデフレ、1930年代におけるグローバル・デフレともに、それを解消に導いた主たる要因は大胆な金融政策の実施であった。ここでキーポイントになるのは財政政策のようにデフレ・ギャップを瞬時に埋める必要がないことである。大切なことは経済主体のデフレ期待をインフレ期待に反転させることである。つまりデフレ・ギャップという溝をいきなり埋めなくとも、人々の期待が反転することで景気回復が見込めるわけである。実際に昭和恐慌期の日本などでは超金融緩和政策が発動されたことを受けて、人々の期待が反転し、それが株価や為替レートなどの資産価格の変化となって現れて、やがて一年後に設備投資や消費などの実需面が回復していき、急速にデフレ・ギャップが縮小していったことが知られている(田中秀臣安達誠司『平成大停滞と昭和恐慌』2003年、日本放送出版協会)。
 また現在時点では消費税を下げ、そして将来時点の消費税上昇をアナウンスする政策を主張する人たち(山形浩生、ジョセフ・スティグリッツら)もいる。この政策も基本的には期待転換を求めたものといえ、重要な政策オプションのひとつであろう。

 そして再度書くけど、こういう「リフレ政策」は別にスタンダードなもの。下のFRBバーナンキやイエレンの発言をみても政策の議論になっているものである。最近著の『金融危機の経済学』においても岩田規久男先生もまたインフレ目標の重要性を強調している。『景気ってなんだろう』を読めば積極的な金融政策重視の態度は一貫している。竹森俊平さんは上のメニュー一覧のうち、量的緩和の復活、円安介入、そして長期にわたる100兆円ぐらいの規模の公共投資を景気が急速に悪化すれば3年で投入というものを支持している。また減税や地域振興券つまりは今回の定額給付金みたいなものの効果には疑問をもっているようである(『米金融危機、日本の活路はどこにある!?』参照)。この竹森さんの見解(公共支出支持、減税反対)は、最近のアメリカでの財政論争(例えば公共支出支持のクルーグマン対減税支持のマンキューだとか)を思わせる。ことわるまでもないけれども公共支出も減税もともにリフレ政策のメニュー。

 ここまで書けばわかるように、政策の場でも議論の場でも「リフレ」的な政策がいまや中心になっていて、いちいち「おれはリフレ派だ!」なんていう必要がないくらい。実際に、最近、僕が注目しているらしい(大笑)政府紙幣は政界まきこんだ政策論争の的である。リフレ派は絶滅したとか四分五裂だとかわけわからない民間伝承の類が、日本のネットのごく一部で、まるで奈良のふとんおばさん(by 銅鑼衣紋氏)のような大音量で喧伝されているけれどもくれぐれもご注意を。そういうあやしげな説を人前でいうと思わぬ恥をかくかもしれないので……。

金融危機の経済学

金融危機の経済学

*1:あの念のためいっておくけど、これ政策割当の話なので、効率化自体を全否定しているわけでないので悪しからず。これも共著『構造改革論の誤解』以来10年近くwかいてきたことなのでだんだん疲れてきた