このまま経済状況が悪化すれば利下げは行われるだろう、しかしそれは政策転換ではなく、政策の失敗の結果として行われる可能性が大きい


 長いエントリー題名になりましたが、昨今のネット状況をみるに(アジア危機以降の国際資金余剰がデフレを持続させている、というトンデモなものがブームなようなので 笑)、二時間ドラマのような説明口調のエントリー題名の方が好まれるのかもしれません。


 景気悪化への転換をすでに迎えたのではないか、という懸念がありますが、もし仮にいまよりも景気の減速がはっきりしてきた場合に、日本銀行は利下げを行う可能性が大きいでしょう。しかしそれは現状の政策スタンス(政策レジーム)の下では、政策の転換というよりも政策の失敗として行われる可能性が大きいでしょう。


 つまり将来への積極的な金融緩和への明示的な約束(コミットメントといってもいいけどわかりやすく表現しときます)をしないかぎり、たとえゼロ金利にしてもそれは事態の悪化が自然と導いた消極的なものであり、単なる追い込まれ「緩和」でしかない。


 例えばの話、単純な利下げ派が、現状の日銀理論シンパに幅広く存在してもなんの不思議でもなく(実際に隠れ日銀派エコノミスト、でも最近、利下げを各メディアで説いたものは数知れない)、そのよってたつロジックを見分けることが肝心だ。


 以下は、2001年の年末に出た野口旭さんとの共著『構造改革論の誤解』から長文ですが引用します。今般の事態について、「国際資金じゃぶじゃぶだからデフレ持続説」というトンデモ仮説よりは、お役に立てると信じてます。


 「報道によれば、速水日銀総裁自身、歴史上前例のないゼロ金利政策量的緩和政策の採用に踏み切った実績を指摘して、「これほど果敢に手を打って来た中央銀行はないではないか」と自画自賛したといい。しかし、この名目利子率の低下をもって「日銀は十分な金融緩和を行ってきた」と評価するのは、経済学的にはまったく誤りである。というのは、この低い名目利子率とはデフレの結果であり、そのデフレは不十分な金融緩和の結果だからである。したがって、日本の90年代後半の歴史的低金利は、日銀の政策の果敢さの現われではまったくなく、日銀の不十分な金融緩和によって引き起こされた歴史的にも稀にみる物価下落の帰結、すなわち90年代の「壮大な失敗」に現われにほかならないのである。
 原田泰・岡本慎一氏は、この明確な因果関係を、貨幣数量説とフィッシャー効果という2つの法則と、その法則を支持するデータを用いて赤らかにしている(出所略、田中)。ここで、貨幣数量説とは、マネーサプライと物価との関係を示すものであり、教科書的には、物価=マネーサプライ/財貨サービスの総供給量 によって示される。そしてフィッシャー効果とは、名目利子率はインフレ率を反映するという考えであり、名目利子率=実質利子率+期待インフレ率 と定式化される。この二つの法則から、一般にマネーサプライが拡大すれば物価は上昇し、物価が上昇すれば名目利子率もまた上昇することがいえる。このマネーサプライと物価の関係、そして物価と名目利子率の関係は、90年代の先進諸国のデータからも裏付けられる(詳細は『誤解』参照)。この「現在の日本の歴史的低金利は、それ以前における金融引締め(あるいは金融緩和の不徹底」の結果である」という結論は、「名目利子率の引き上げは、単に日銀が政策金利を引き上げれば実現できると考えてはならない」という、きわめて重要な政策含意をもつ。これは、「日銀の低金利政策が非効率的な企業や産業を温存させているから、日銀はただちに低金利政策をあらためてるべきである」といった、しばしば散見される「構造改革主義的」な主張の誤謬性をも明らかにしている。たとえば、かりに日銀が「構造改革を促進するために」(いまだと第二の柱のこと‥‥田中)と称してコールレートをゼロ近傍から2−3%にまで引き上げたとしよう。それによって、確かに一時的には市場利子率が上昇するが、それはやがて銀行貸出=マネーサプライのさらなる減少に結び付く。マネーサプライが減少すれば、貨幣数量説に従って物価も下落する。そして物価が下落すればフィッシャー効果によって名目利子率も(やがて‥‥田中注)低下する。つまり日銀が右記の貨幣数量説とフィッシャー効果を無視して名目利子率をいかようにも操作できるかのように考えるのは明白な誤りである。日銀は実際、2000年の8月に、「ゼロ金利政策構造改革を遅らせる」(いまだと将来インフレ懸念とか第二の柱だとか‥‥田中注)と主張し、デフレが進行中であるにもかかわらず(今回でも実際にはデフレ‥‥田中『不謹慎な経済学』参照)、ゼロ金利政策を解除した。しかし、その後に生じた景況の急速な悪化によって、デフレがさらに深刻化したために、結局は再びゼロ金利に戻す以外にはなかった。この2000年末からの景況の悪化の原因は、必ずしも金利引き上げだけにあったわけではない(今日もサブプライム危機とか‥‥田中注)が、結果としてデフレを増幅させる要因になったことは間違いない。というのは、フィッシャー式から明らかのように、期待インフレ率が上昇してなかでの名目利子率の引き上げは、実質利子率の変動を小さくするが、期待インフレ率が下落しているなかでの名目利子率の引き上げは、実質利子率をよりいっそう上昇させてしまうからである。したがって、日銀が、少なくとも物価が反転しつつあることを十分に確認してから、ゼロ金利を解除すべきだったのである」。


 期待インフレ率は簡単には(技術的難点はあるものの)やはりブレイク・イーブン・インフレ率が便利でしょう。http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/bukkarendou/bei.pdfこれを見ると平成18年5月から一貫して下げ基調であり、これは同年7月14日のゼロ金利解除、その後の金利引き上げスタンスと引き上げは、上記の『誤解』の文章にある日銀の失敗をまさに再現しているといっていい。そしてその結末も冒頭に書いたがほぼ予想でき、明確なインフレ目標などのさまざまな将来時点にむけての積極的な金融緩和政策が表明されないかぎり、利下げは既存の失敗シナリオの一部である。


 ついでに自明のことだと思うが期待インフレ率が低下していくなかで、「原油高いかったり金利が足りないので利上げすべし」となったらどういう結果になるか、もまた自明である。


正直にいって、サブプライムがどうしたこうした、国際ジャブジャブがどうしたこうした*1、というよりも日本の事態は『構造改革論の誤解』を書いたとき(半分以上は野口さんが書いてるけれども 笑)とほとんど同じで、そろそろ以下の本の使いまわしは個人的にも願い下げにしたい=日本銀行にましになってもらいたい。


構造改革論の誤解

構造改革論の誤解

*1:ナイトの不確実性がどうしたこうした、水平のフィリップス曲線の自然デフレ率が相関どうしたこうした、なども含む