米沢嘉博『戦後少女マンガ史』


あー、氏んだかと思った。


 さて、少女マンガといえば完全に日常の関心外で、子供のときに読んでた場所は病院と美容院の二箇所。本屋では立ち読みもしていない。病院に置いてあったのがザ・少女マンガ誌であれば、近所の親戚の美容院で読んでたのが女性誌に掲載されてた「女性マンガ」。後者の方が読む時間が多くとれたので、田中の10代前半までの脳内では少女マンガがほとんど占める位置がなく、盗み見た(w)里中満智子とか一条ゆかり(だったかが?)がどすんと中核をしめていたのです。しかもあんまり印象が残ってない……。


 これに革命的?な転換をもたらしたのが、77年頃うっかり漫画研究会の女子に「おれ、ジャン・ジュネが好きだね。『花のノートルダム』とか」といったのが運のつき?。彼女を通じて、竹宮恵子萩尾望都、すこしして山岸涼子とちゃんとした「教養」を身につけることになりました。彼女にはお礼に『少年愛の美学』と『家畜人ヤプー』を貸したげました。


 というわけでこの本は70年代央まではほとんど懐かしい話題もないわけで同時代史としてはなんの感銘もないのですが、「少女の幸せ」というものの少女マンガでの変遷に興味を抱きました。僕にとってはいまもこの分野はほとんど知らないので(現時点で僕が参考にしているのは川原和子さんの書いたのとかブログでの記事。川原さんもそうですが、伊藤剛さんとか、小野耕世先生とか、自分の好みに合うコミックをすすめてくれる人を探すのが重要だな、と最近思うオレ田中)、ガイドとして有益そうです。ついでなので最近のこの分野の研究書も注文してみたのですが、それはまた今度。

戦後少女マンガ史 (ちくま文庫)

戦後少女マンガ史 (ちくま文庫)


 ちなみに増田イズム的にはいま田中の脳内を今しめている話題は、ワンダーウーマンと闘う尼僧アレアラのアメコミ女性ヒーローの「筋肉ムキムキの下腹さらしあげ」論という増田価値判断全開、日本コミックの女性ヒーロー観(典型的にはセーラームーンや『そして船は行く』の女性海賊など)のやわらかいお腹論というものの「検証」ですが 笑)