不況レジーム論

 日銀と財務省との不況レジームについては、僕は非効率的なナッシュ均衡として考えを深めていきました。

 以下は藪下史郎先生の著作『非対称情報の経済学』からの引用で、この不況レジーム的について簡単に解説します。

「…現在の制度よりも望ましい制度が他にあるとすると、その制度に速やかに移行することになるであろうか」(177頁)

「…一つの確立した制度は社会構成員の選択の結果であり、ナッシュ均衡と見なされる。ナッシュ均衡とは、他の人たちが選択を変えない限り、誰も自分の選択を変えようとはしない状況である。誰か一人が異なった制度を選ぼうとしても、その費用が大きすぎるため、現状のまま選択するであろう。したがってすべての人々が同時に選択を変更しようとするならば、それぞれの構成員にとっての変更費用も少なく、より効率的な制度が実現されるとしても、個々人が独立に行動するかぎり、効率的な制度は実現されないのである」(178頁)

「しかし政策当局も含めて日本経済は……一種のナッシュ均衡に陥っている。それも非効率的なナッシュ均衡である。政府だけで積極的財政政策によって景気回復を図ろうとすると、それは累積赤字を拡大するだけで、景気刺激にはあまり大きな効果を及ぼさないと、財務省は考えている。いったんインフレが進行するとそれを止めることができないと心配する日本銀行は、積極的金融政策をとることを厨躇する」(230頁)

ナッシュ均衡ではそれぞれの経済主体にとっては、他の経済主体の行動が変わらない限り、今の行動をとり続けることが最適になる。しかし経済全体にとしては非効率的な状況が続き、不況から抜け出すことができないのである」(231頁

 この種の非効率的なナッシュ均衡をどう脱出するかは、やはり政治のリーダシップが必要ですが(例えば政府・日銀のアコードなどの仕組み)、他方で日本銀行が(その可能性が高いですが)独立性を政治からの独立(=政治的な介入の全面排除)として考えているならば、政治からのリーダシップは著しく制限されてしまうでしょう。実際に日銀はアコードの必要性を認めていませんでしたし、また今日では政府のデフレ脱却という政策目的以外の日銀独自の目的(いわゆる第二の柱)を設置してその神秘的な内容とともに政府との協調とそれに伴う責任・義務からフリーです。

 ゆえに、政治からのリーダシップとしては、日本銀行の政策目的に一定の明確化を要求する法的な改正が必要とされていくわけです。これがインフレ目標インフレターゲット)ですが、今日では単なるCPI(物価)だけではなく、失業率も重視する伸縮的なインタゲですとか、あるいは名目成長率ターゲットが推奨されています。この種の不況レジームからの転換こそ、今日の景気回復を依り本格的なものにし、失業率の大幅改善、地方・中小企業の業態の改善、経済格差の是正、財政問題の健全化などに寄与することは間違いないと思っています。

 また日本銀行が政策目的の共有を実現するための仕組み(アコード、インタゲなど)を拒否しているために、逆に政治からの日本銀行への圧力がいまだに続く状況にもなっているわけで、その意味で藪下先生も書いているように「こうした圧力は、日本銀行の自主的または合理的政策決定を妨げる要因に」いまだになっています。さらにある意味で合理的な行動(しかし社会の厚生を著しく損なうもの)ですがリーク問題などが発生する土壌を形成してしまうのでしょう。

 さて最後に、この種のいくつかの手段(日銀が突然にまとものになる、アコード結ぶ、法改正など)で、不況レジームが転換すればどういったことが起きるでしょうか。これについても藪下先生の本から引用しておきます。

「もし政策当局および民間経済(レジーム転換による消費・投資の活発化…田中補注)が同時に積極的な政策と行動をとるならば、効率的な経済状況が実現され日本経済の再生が可能になる。景気刺激的な財政金融政策がとられ*1、また民間部門においても不良債権処理と積極的な投資が行われると、経済全体で生産活動が活発になり、財・サービスの供給量が増加する。そうした状況では、税収も増加するため、財政赤字は問題とならなくなり、またマネーサプライが増加したとしても、物価上昇は小さいものとなるだろう。こうした景気上昇によって、企業経営が好転するため、銀行の不良債権そのものを減少させることになる。その結果、銀行および実物経済部門ともに財務面が改善され、それらの活動はバランスシート制約から解放される」(231-2頁)。

 

非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)

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*1:現時点では財政は中立的で、金融政策の積極的緩和で十分だと理解しています。現状は財政はやや緊縮的、金融政策は積極的引き締めですが