中国の経済政策論争から学ぶ「第三の道」


 関志雄『中国を動かす経済学者たち』(東洋経済新報社)を読みました。


 個人的に興味深い著作。関先生には一度この本で取り上げられている経済学者の入手の難しい論文を送っていただいたことがありました。たぶん中国経済学史?を日本で興味を抱いてるのは、ごく少数のメンバーなので本書が一般に出た意義は大きいと思います。もっとも学史というにはあまりにも現代史すぎるのですが。


 本書に収録されている改革開放以来の経済論戦年表は、中国の経済発展に伴う問題の縮図であり、経済発展の初期段階(所有制度や市場化の問題)から成熟化(市場経済の問題=経済格差など)までの論点を一望できる。本書によれば、現在の中国経済学界は、「新左派」=平等重視vs「新自由主義者」=効率性重視として論争の構図が描かれ、経済問題に関してはタブーなく議論されているという。ちなみに後者の「新自由主義者」が主流派だという。ただ経済と政治が不可分であり、また政治問題や宗教問題も経済分析が適用できるとなれば他の国ほどの自由度があるのか、疑問に思えるのだが。


 ところで「新左派」のベースはやはりマルクス経済学であるが、他方の「新自由主義経済学」の方は新制度派経済学であり、コース、ノースであり、その中国での最大の貢献者は張五常であろうか。張については以前ここのブログでも彼がアメリカ当局から国際指名手配中であることなどを書いたことがるが、その著作、特に分益小作農の制度分析は、外見は封建的な制度が合理的な制度設計によるものであることを示していて斬新だった。


 関先生は、中国の新制度派経済学の特徴として、1)制度移行の過程(計画経済から市場経済へ)が注目されて、特に政策的志向が強く「改革」のスピードとタイミングが議論も焦点であること、2)改革の費用便益分析の採用、3)利害関係者の利害衝突の経済評価への関心、4)実証的・規範的性格、5)漸進主義的改革の採用(初期段階での旧体制の事実上の温存と新体制の採用→新体制の漸次拡大と旧体制の漸次縮小)などである。


 この漸進主義改革への批判としては、経済が成熟化していくにつれて経済格差問題が顕著になり、医療や福祉の分野での「ビックバン・アプローチ」が求められ、また国有企業改革も既存の勢力を温存したままでは進展shない、という「新左派」らの主張があることが書かれていて興味深い。


 この点についての関先生の主張は以下の発言に表れている。


「成熟した資本主義は、市場経済私有財産はもとより、所得の再分配による貧富の格差を是正するための制度の整備と、法治と民主化を前提としている。「先富論」から「共同富裕論」に前進しながら、「一党独裁」の放棄を視野に、政治改革に取り組まなければならない」(81-2頁))。


 本書の後半は中国の経済学者の簡単な人物紹介を交えながらの諸説紹介となっていて読み物としても面白い。


 日本の経済問題を市場原理主義vs平等主義的マインド としてとらえるのではない、第三の道を考える際に本書は重要な参照軸を与えてくれるだろう。

中国を動かす経済学者たち―改革開放の水先案内人

中国を動かす経済学者たち―改革開放の水先案内人