小宮隆太郎の60年代後半スウェーデン経済論

 若き小宮氏がヨーロッパの経済調査でスウェーデン、西ドイツなどを訪問したときの感想をまとめた『ヨーロッパ経済の旅』(1968、中公新書)より、スウェーデン経済に関する評価を以下に抜粋。なお小宮氏の現在流布している「小さな政府」論や「市場主義」への違和感や批判が関連すると思われるが、これについては旧ブログのエントリー参照http://reflation.bblog.jp/entry/200665/のこと



 「スウェーデンでは1930年代から社会民主党政府のもとで、いち早くケインズ的な財政金融政策や近代的な社会保障制度が採用された。…今日、スウェーデンの所得水準がアメリカを除いて世界最高であるのも、賢明な財政金融政策によって一九三〇年代の大不況の影響が先進国中もっとも軽くてすんだことが大きく寄与している」(27-28頁)。


 「現代のスウェーデンはいろいろな点でアメリカに似ていて、ヨーロッパの中でもっともアメリカ的な社会だといってよい。国民の大部分の中産階級化、都市と農村との間に生活水準・教育水準の差がないこと(農村のアーバニゼーション)、著名な経済学者が政府の経済政策に参画していることなどは、アメリカよりも近代化が進んでいる。流通機構が近代化していて各種の消費財についてディスカウントセールが盛んに行われている点でも、小売価格のカルテルが強く近代化の遅れているヨーロッパのほかの国々とはかなり事情が違う。
 職業上のモビリティーにおいても、スウェーデンアメリカなみである。人々は5,6年も一つの会社に勤めれば次の会社へと移っていく。これは、日本の終身雇用制ほどでなくても、比較的固定的なヨーロッパ諸国のなかでユニークであり、競争的で効率的な社会を反映している」



 「アメリカ大使館のコマーシャル・アタッシェは、スウェーデンアメリカの企業が進出してきたときに、経営者・高級職員・エンジニア・熟練工などについてはモビリティーが高いので、雇うのにそれほど困難はなく、むしろ一般の労働者、未熟練工を集めることのほうがずっとむつかしいという。仕事の内容が魅力的であり、給与や勤務条件をよくすれば、必要な職員を他社から引っこ抜くことができるというわけである」


 「いま述べたように、スウェーデンでは高級職員や技術者は必要に応じて雇えるのに対して、一般の労働者ことに未熟練労働者は著しく不足 略 スウェーデン人は自尊心が高く向上心が強いので、未熟練労働者はことに不足し、なり手が少ない。そこで勢い、外国人労働者を雇うことになる 略 スウェーデンは、ヨーロッパの中で日本人にとっていちばんワーク・パーミット(外国人の労働許可証)が得やすく、夏になると日本人学生が大挙して押しかけてくる。レストランの皿洗いなどでお金を稼いでから、南方のヨーロッパ諸国へ遊びにいくのである」。



スウェーデンの一人当たりGNPはオーストリーの二倍、日本の三倍近いが、その原因はいったいどこにあるのだろうか」と小宮の問い

1 日本人は勤勉なのに一人当たりGNPで格段の差


2 スウェーデンと日本の銀行や郵便局を例示して、仕事の効率性が格段に違うことを指摘。


スウェーデンやイギリスでは銀行の支店はごく小さいが、ホテルから出て町をブラブラ散歩しながら、私が両替をしようと思って入った街角の銀行は、ほんの15坪くらいの小さな支店(貸し出しは扱わない、預金・為替業務中心の支店であろう)で20代と思われる女性が、たった二人だけであらゆる仕事をてきぱきと処理していた。英語ももちろん良く通じ、なかなか愛想がよい。(略) 日本では若い女性が大勢銀行で働いているが、大部分はお札の勘定とか帳簿つけ、場合によっては、いわゆる「お茶くみ」程度に使われ、責任のある仕事はほとんど与えられていない。国民一人ひとりのこのようなビジネス上での能力の差、毎日毎日成し遂げられている仕事の量と質の違いが、全国民を平均したときに一人当たりの国民所得の差となってあらわれる」


3 スウェーデン階級差別がなく、イギリスのように階級差別による労働市場の分断化による非効率性がない。平等をもたらす福祉制度が効率性と同居している、と小宮は指摘。この指摘は先の雇用の流動化の高さに加えて、必ずしも年金などの社会保障制度(賃金の下方硬直性になんらか寄与する部分)が、経済の効率性と単純なトレードオフの関係にないことを小宮が指摘していて興味深い。というか最近の小さな政府論は実際にあまりにもこの効率性と平等のトレードオフの関係を前提にしすぎ(この単純なトレードオフの前提化がマクロ経済政策の軽視にも実はつながっている可能性もある*1)。

「エリー・ヘクシャーの『スウェーデン経済史』によれば、スウェーデンには封建制の歴史がなく、非常に早くから国民の大部分が独立の自営農であって、国王以外には従属していなかった。この伝統を受け継いで現代のスウェーデン人の間には独立自尊の気風がみなぎって向上心が強く、国民の大部分が中産化している。 (略) ところでヨーロッパではチップの煩雑さがわれわれ日本人旅行者を悩ませる (略) しかしスウェーデンはヨーロッパの中ではチップの煩雑でないほうの国の筆頭である。(略)これに対して階級差別の強いイギリス、フランス、オーストリーなどでは、もの欲し気にチップを貰う職業の人口がやたらと多い。イギリスでは労働力不足が深刻だといいながら、またサービス業に対して雇用税をかけるということまで行われたにもかかわらず、一流のレストランに行くと、依然として立派な大の男のサーバントをふんだんに使っている。これは現代イギリス経済の停滞と無関係ではない」


社会保障が充実すれば、労働者が怠けて働くなるというのも、早急すぎる一般化と言うできである。イギリスやオーストリーについては当てはまるとしてもスウェーデンには当てはまらない」

*1:この効率性と平等のトレードオフに直面しない効率と平等の同時達成可能性についてのマクロ経済政策の役割については、当ブログのhttp://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20070102#p1を参照のこと