ノーベル経済学賞予想(続き)とアルバート・ハーシュマン


 考えてみるとノーベル経済学賞もいろいろ問題を抱えているのは明白で、経済学の歴史に主義主張を超えて影響を与えた人たちの多くをいままで無視してきているのも事実ではないでしょうか。


 特に旧世代に属するような人たちで、日本のブログ世界でもなじみ深い、コルナイ、ハーシュマン、マランボーなどは現時点でも十分受賞してもおかしくないでしょう。特にハーシュマンの「離脱ー発言モデル」は、一時期のミルトン・フリードマンに代表される市場の競争メカニズム(一例としての教育ヴァウチャー制)に対抗する原理の位置から、ハーシュマン自身も認めているが「離脱ー発言モデル」は市場の競争メカニズムと相互補完的なものとして近年では捉えられてきているだけに重要性がより増しているように思える。


離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)

離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)


 この点は岩田規久男先生の『日本経済を学ぶ』(ちくま新書)にも紹介されている東欧社会主義経済圏(中央集権化経済から市場競争メカニズムへの移行に果たした離脱と発言の機能)の崩壊のエピソードに顕著である(もともとはハーシュマンの『方法としての自己破壊』による)。


日本経済を学ぶ (ちくま新書)

日本経済を学ぶ (ちくま新書)

方法としての自己破壊―“現実的可能性”を求めて (叢書・ウニベルシタス)

方法としての自己破壊―“現実的可能性”を求めて (叢書・ウニベルシタス)


ハーシュマンの「離脱ー発言モデル」と市場競争モデルを相互補完的なものを考えるアイディアは例えば日本の雇用慣行を見直す上でも私には示唆的なものだった。ハーシュマンの「発言」(ボイス)とは、彼の著作『離脱・発言・忠誠』では以下のように定義されている。


「ここでボイスとは、不愉快な自体から逃避することよりもむしろ、それを少しでも変革しようとする試みとして定義され、その試みは、直接経営担当者に個人的あるいは集団的な陳情をとおして、また経営に変革をしいる意図をもってより上層の権威筋に訴えることをとおして、あるいはまた世論の喚起を意味するようなことを含んだあらゆる種類の訴訟や異議申し立てを通じて行われる」(訳文は三浦隆之氏の訳文を一部修正したもの)。


この「発言」に対して「離脱」(エグジット)とは、ボイスのように組織に残り変革をするのではなく、問題が発生すれば他の組織や活動領域あるいは上記の東欧のケースでは他の国に移る(脱出する)選択を意味している。東欧のケースでいえば国民が国境を越えて他国に「離脱」したことが東欧諸国の改革に効果をあげたということになる。


 ボイス機構の重要性は、日本の雇用慣行において企業内組合の衰退と関連して従来何人かの研究者の注目を集めたといえる(八木紀一郎先生の「経済の市場的発展とボイス形成」『進化する資本主義』所収)。例えば労使協議制、インフォーマルな会社構成員同士の付き合い、各種親睦会などのボイス機能の役割への注目である。この種の非組合的なボイス機構が、日本では組合のボイス機構と大差ない、と論じている論者もいる。


進化する資本主義

進化する資本主義


 
「離脱ー発言」モデルは市場競争メカニズム(価格のシグナル機構)とは切り離して当初は考案されたが、現在では先にも書いたように両方の原理はむしろ相互補完的なものだろう。毎度手前味噌で恐縮だが(まあ、私のブログなので私の既存の意見が頻出するのは避けられないか)、旧著『日本型サラリーマンは復活する』でも、日本の雇用システムを「市場からの規律」とこの「離脱ー発言の確保」という観点から議論している(233ページ以下)。


日本型サラリーマンは復活する (NHKブックス)

日本型サラリーマンは復活する (NHKブックス)


 そこでは小池和男猪木武徳、大瀧雅之、玄田有史らの諸説に主に依拠しながら、「人的資本ー社会資本」の蓄積メカニズムと長期雇用におけるモラル・ハザードを防止する際の「(資本市場からの)市場の規律」の役割、いわゆる「風通しのよさ」にイメージ的に代表されるようなボイス機構の確保の重要性などを論じたつもりである。もちろんこれに加えて、マクロ経済政策の重要性も強調しているのは言うまでもないが。


 その意味で、ハーシュマンは私には経済問題を考える上できわめて重要な人物であるように思える。今回、受賞予想にあげられている人たちと遜色はないように思えるし、そもそも下馬評の高いクルーグマンたちの戦略貿易論などもその源流をたどればハーシュマンらの初期の開発経済学の成果(と挫折)があるだろう。


 しかしおそらくハーシュマンが受賞することは、コルナイたちと同様にありそうもない。まあ、別に受賞自体、別段どうでもいいといえばいいともいえるが。


ちなみにハーシュマンのボイス機構を現代風にモデル化したものとしては、例えばA.Banerjee&R.Somanathanの論文 A SIMPLE MODEL OF VOICE (QJE,2001)などがある。日本のハーシュマン研究書もあるが正直おすすめはできない(なぜなら前記した相互補完性の評価を欠いているように思えるので)。