井堀利宏『誰から取り、誰に与えるか』

 効率=経済成長中心で、財政再建を主眼においた再分配の啓もう書。実はこの本と並行して『生活保護の経済分析』(再読)とアトキンソンのpublic Economics in actionを読んでいて、正直にいって井堀氏の本がスカスカに思えてしょうがなかった。この本単独で読めば面白さも倍増したのかもしれないし、また初心者にはいいのかもしれない。しかし他の本にくらべて何か異質なものを感じるのも事実であり、それは生活保護本やアトキンソン本が効用主義を採用しているのに対して、井堀本が財務省主義を採用しているから…という素朴な思いを強くしている。本当にこの本が再分配をテーマにした本なのか、という素朴な思いもある。政策目的が、再分配による国民の厚生が目的というわけではなく、あくまで財政再建と、短期的に国民に薄く広く恩恵を及ぼす政策(本書では定額給付金をあげているが、おそらく金融政策でも同じだろう)を否定的にとらえ、もっぱら効率性を重視した構造改革による経済成長をとなえると、なると本書がそもそも再分配の本なのか、再分配をネタにした井堀流の構造改革ないし財政再建本ではないか、という気もしてくる。

 それでも興味深い話題もあるのでその点を以下に少しメモ書き程度ですまないが、書いておきたい……と思っていたがだんだん気乗りがしなくなってきて、もし大冊であるのが面倒なこと以外は、再分配にかかわる議論はスティグリッツの『公共経済学』を熟読した方がなんぼかいいし、年金の将来構想では鈴木亘氏の年金本、権丈氏の本、そしてピーター・ダイヤモンドの年金本、駒村氏の本とかの方が有益で刺激的だろう。さらにOECD貧困率などの調査に対する疑義については、太田氏の論文を直接読んだ方がいい。また税制を考えるときは英書で須磨祖だが、サラニエの課税本が勉強になる。というわけでなんか井堀ファンには申し訳ないが、感想は上に書いたので尽きるということにしたい。

誰から取り、誰に与えるか―格差と再分配の政治経済学

誰から取り、誰に与えるか―格差と再分配の政治経済学

経済財政諮問会議とは何だったのか?ーついでに新政権へのコメントー

 最近は、世界同時不況を背景に、ただの官僚ペーパーの読み合わせの会になっていたので、廃止されても何の不都合も感じない。しかしネット上の検索可能なアーカイヴとして関連資料などを残してほしい。いまでも小泉政権の後半に、郵政民営化華やかな頃、この会議の「構造改革とは」という項目をクリックすると、それこそ2ch状態でなんでもかんでも「構造改革」に放り込まれていたことを思い出す。もちろんマクロ経済政策もしっかりカテゴリーの中にあった 笑。いまはもうその項目はとっくに削除されてしまっている。それは残念なことだ。

 民主党政権は、この自民党政策との対比を国民にわかりやすくする上でも、この経済財政諮問会議の全情報をアーカイブ化してほしい。やるのかもしれないが、それぐらいの関心しか、この経済財政諮問会議の終わりにみるべきものもないだろう。経済財政担当相がいなくなるとマクロ経済政策を省庁の縦割りを越えてみる大臣がいなくなる、と何日か前の新聞記事で読んだ記憶があるが、とうに経済財政担当相にはそんなマクロ経済政策への積極的な関心が喪失していたわけで、なにをいまさらと思う。大臣以外をみても、岩田一政氏が露骨に失業率が5.5%を超えると政治的に問題などと失業率の票読みのような発言をした時点で、とうにこの会議はマクロを話題にしても政策担当者として精神的に腐敗していると思っている。

 ところでこの経済財政大臣の機能がそこそこ働いていたのは、主に対日本銀行の金融政策へのけん制だけではなかったろうか。あるいは名目経済成長率論争のときの対財務省・日銀のようなケースだけに緊張関係をもちえたのではないか(ああ、郵政民営化もとりあえずあったが 笑)。金融政策への関心が著しく現状では低い民主党政権にこの種の役割が消えても不便を感じないというのはある意味、合理的なんだろう。新政権には合理的な愚か者にならないことを祈るが

李登輝の日本再建の「八策」における経済政策

 『Voice』10月号で驚いたのがこの李登輝氏の八策中の経済政策に関する八番目の策。全文引用。

「さらに経済政策について申し上げます。日本の金融政策を担う日本銀行は、1990年代に大きく間違ったマネジメントを行い、日本経済に「失われた10年」の大不況をもたらしました。その後、日本経済は回復しましたが、その経済成長はあくまで輸出に頼ったものでした。よって国内の需要不足という根本問題が残ったままで、昨年秋のリーマン・ショックを機に再び大不況に陥ったのです。この状況を打破すべく、日銀は継続的に実質マイナス金利政策をとる必要があります。そのためには、確かなインフレターゲットを設定することが求められるのです。つまり、金融緩和政策を積極的に打ち出さねばならないといえましょう。金融政策については、民主党に構想力がない、と日本のエコノミストは批判しいるようです。であるならば、上述したような政策を熟知している民間のエコノミストを政策ブレーンとして取り込み、積極的な金融政策を打ち出すようにすればよいのです。同時に大規模な財政出動によって経済を強化することも肝要です。減税は景気対策にとって大きな効果をもたらすものとはいえませんから。また日本は莫大な個人金融資産を抱える国です。この金融資産が投資基金として市場にきちんと流れる道筋をつくることも重要です。そして日本国内に対してだけではなく海外に対して投資を進めていくことも考えねばなりません。それが実現すれば、日本の世界経済に対する大きな貢献につながるでしょう」(45-6頁)

 地域経済の財源・権限委譲や、官僚政治の変革など他にも経済政策関連があるが、集中して述べられたこの八番目の「策」をみるに、日本にこのように満点の「策」をもった政治家がどれだけいるか、僕は鳩山政権発足とその後をみていきたい。

 ちなみに李氏が指摘しているように、民主党のブレーン(国家戦略局有識者メンバーなど)として誰を採用するのか。例えば伊藤隆敏氏は日銀人事の件をみても民主党には受け入れる余地はないだろう。高橋洋一氏もいまはいない。飯田さんは残念だか若すぎる。岩田先生は海外赴任中。いないいないづくしでは、あまりにも情けないのだが、率直にいって試してみる価値のある人材は、僕の見るところふたりいて、ひとりは首都西北部、もうひとりは(ゴホン)かなり気難しいがさらにそこよりずっと西北部にいると思う。「ブレーン」も経験させなきゃただの飾りである。李氏が提起した案を起用してみる価値は大いにあるだろう。

 ちなみにこの日本語の要約報道(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/298522/)だが、露骨に八番目の中心メッセージを削除するといういつもの日本のメディアの海外報道の姿勢が伝わってきて香ばしい。「金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事」の「外国との平均の法」とは、インフレターゲットを含む財政金融政策と 長期的な課題としての資金の歪みを正す改革(公的金融機関改革など)を指すのは明白であり、記事では上をみてもわかるようにあえて分量が少ない方を採用している。こういう日本の記者独特のバイアスはなんとかならないのだろうか? 自分の無知を読者におしつけるような記事を書くのを恥と思った方がいい。

民主党の経済政策コメント

 メールマガジン「αシノドス」36号に民主党の経済政策についてコメント

 http://kazuyaserizawa.com/mm/index.htm

 vol.36(2009/9/15)目次
【1】編集部より 荻上チキ
【2】緊急特集 勝間和代宮台真司本田由紀大屋雄裕・吉田徹・仲俣暁生鈴木謙介・韓リフ・西田亮介・小山エミ橋本努宇野常寛松浦大悟「総力アンケート:「政権交代」は日本に何をもたらすのか!?―「民主党圧勝/自民党惨敗」を分析する」
【3】連載コラム 飯田泰之「経済学思考の練習問題6:政策のヒロイズムとリアリズム」
【4】特別寄稿 八代嘉美 「科学者が発言するということ」
【5】セミナー 濱野智史「ネットユーザの生態系―2000年代以降のネット環境と若者たち(4・最終回)」
【6】連載レポート 峰なゆか「AV女優からみたAV業界10:AV女優と(被)差別?」
【7】情報通信 河村信「河村書店:人文・社会(学)系ニュース―日々編集中」