猪瀬直樹『さようならと言ってなかった』

 猪瀬さんから頂戴しました。ありがとうございます。メールマガジン連載のときから拝読していました。奥様の病状の急激な進行とその死、そして猪瀬さんと奥様が初めてであった十代の頃から『ミカドの肖像』を書くまでの若いころのお二人の生活、子育て、作家と小学校教師の共働きの格闘が、現在と過去を行き来しながら書かれています。それは同時に日本の高度成長期から最近までの生活レベルからの再考察としても読めるでしょう。特に子育て(保育園の連絡ノート)の記録はある家族の歴史証言としても読めますし、また奥様が言語障害児を担任されたときに書かれた「微笑子の物語」の記録は本書の物語内物語として煌めいています。また都知事としてのオリンピック誘致の取り組みや知事の辞職となったお金の問題についても詳細に説明されています。個人的には知事の辞職は本当に残念でした。

 猪瀬さんはいままで私小説的なものをこれほど大部な形では残してきませんでした。初めてそのファミリーロマンス的なものが書かれ、猪瀬さんの作品世界の重要で欠かせない一部になっています。

 人間と人間の出会いの不思議さと奇蹟、そして突然の別れの前で言えなかったもの。読者は静かで重い感動を知ることでしょう。

さようならと言ってなかった わが愛 わが罪

さようならと言ってなかった わが愛 わが罪