2013年のあまちゃんの経済学関連(NHKあまちゃん祭りによせて)

 NHKが朝から「あまちゃん」一色(笑)。さすがに他にやることがあるだろう、という気がしないでもないが。

 一応、僕の書いた「あまちゃん」関係を以下にご紹介。

 まず『あまちゃんモリーズ』の収録した「春子の亡霊と1980年代のあやまちーあまちゃんの経済学」。1980年代の経済状況とアイドルとの関連、そして80年代と現在の「あまちゃん」世界の解釈論が中心。

あまちゃんメモリーズ    文藝春秋×PLANETS

あまちゃんメモリーズ 文藝春秋×PLANETS

 次に『電気と工事』に寄稿した「「あまちゃん」の経済学」(まだ放送が始まったばかりに書いたもの。4月の終わりぐらいに脱稿したもの)を最後に掲載しておく。

あまちゃんの経済学

 NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」が話題だ。視聴率もかなり高いし、Twitterなどで著名人が多くこのドラマに言及している。僕はあまりまじめに朝ドラを追うほうではないが、「あまちゃん」だけは別だ。なぜならこのドラマはNHK朝ドラ初のアイドル誕生物語を扱っているからだ。
 熱心な読者の方々にはお分かりかと思うが、この連載はほぼ隔月のペースで「アイドルの経済学」を扱っているのである。特に最近は、AKB48ももいろクローバーZだけではなく、彼女たちに影響を受けたローカルアイドルが注目されている。ローカルアイドルとは言葉の通り、地方に活動拠点をもつ、主に女子グループアイドルを指す。
 このドラマ「あまちゃん」も岩手県の北三陸町(ドラマ上の架空の街だ)を舞台にして、(ローカル・)アイドルの誕生と成長を追う物語になるとのことである。いまこの原稿を書いている段階ではまだ物語は序盤ともいえる、20回ほどだが、すでにアイドル誕生が描かれている。タイトルの「あまちゃん」は、北三陸で活躍する海女(あま)と、「人生の甘えん坊」をかけた言葉だという。主人公は、東京で孤独でさえない高校生活を送っていた女子高生(能年玲奈)が、母親の出身である北三陸で海女のかっこよさにあこがれて、都会の生活を捨てて地方で海女として生きる道を模索するというものだ。
 物語ではもうひとりの重要なヒロインとして、北三陸で生まれ、東京に強い憧れをもつアイドル志望の美少女高校生(橋本愛)が重要な位置をしめている。いまドラマの序盤では、この橋本愛がちょっとしたきっかけでローカルアイドルとして注目されだし、それに便乗する形で能年玲奈の「あまちゃん」もブレイクしていく様子が面白おかしく描かれているところだ。
 アイドル評論家の中森明夫によれば、新しいふたりの「アイドル」能年と橋本、そしてかっての(いまでも!)アイドル小泉今日子薬師丸ひろ子が共演することでも、このドラマの粋な工夫がわかる。脚本は宮藤官九郎。21世紀の日本のドラマ・映画界で数多くの秀作を連発してきた有名脚本家だ。彼のシナリオは今回も軽快にドラマをひっぱっている。
 21世紀の日本経済はいうまでもなくデフレ経済だった。宮藤はほぼデビュー時点からこの日本のデフレ経済の中で活動し、そしてデフレ不況を背景にした作品を書いてきたといっていい。地域格差を描いているともいえる「池袋ウエストゲートパーク」、殺伐としていく都市周辺の中で新しい「コミュニティ」の可能性を開示していたともいえる「木更津キャッツアイ」、世界経済危機発生の年(2008年)に放送されまさに生活のためにサバイバルを繰り広げる兄弟妹の物語『流星の絆』など、ほぼすべての作品に21世紀のデフレが色濃く背景を飾っている。それはまさにデフレの下での文化、「デフレ・カルチャー」といっていい作品群だろう。
 「あまちゃん」にもこのデフレ・カルチャーは前提されている。舞台は2008年。『流星の絆』の放送年と同じ、リーマンショックを契機とする世界経済危機が発生した年だ。北三陸は架空の地方都市だが、80年代冒頭「地方の時代」を期待されていたころとは違い、過疎化とまた不況に直面していた。橋本愛能年玲奈演ずるアイドルの卵たちをめあてに、アイドルファンがおしかけても、駅前の商店街はまったく死滅状態。いわゆるシャッター通りになっている。
 このリーマンショックの年を起点にして、「あまちゃん」はローカルアイドルの成長を現在まで伸ばして描いていくことになる。
 僕が興味を持っているのは。このデフレ不況の深まりの中でのアイドルたちの発展というテーマだ。先ほどの中森明夫も指摘しているが、アイドル評論の世界では経験則として、「不況のときにアイドルは栄え、好況になると衰退する」というものがある。これは日本で最初のアイドルたちが誕生した70年代初めから観測される現象だ。例えば、アイドル第一世代(南沙織天地真理小柳ルミ子)らは高度経済成長のおわりとともにブレイクした。また高三トリオ(桜田淳子森昌子山口百恵)は第一次石油ショック松田聖子たのきんトリオは第二次石油ショック、80年代前半の不況期はアイドルの豊作で、さきほどの小泉今日子らいわゆるアイドル82年組を排出した。また85年のプラザ合意をきっかけとした円高不況では、いまのAKB48の原型ともいえるおにゃん子クラブが活躍した。また90年代、特にデフレが本格化した97,98年にはSPEEDやモーニング娘。が大ブレイクした。そして「あまちゃん」と同じく98年にはAKB48が最初のメガヒットを飛ばし、デフレの深まりとともにその人気を拡大させた。ところが不況がおわり経済成長が上向いていくとアイドルの多くは人気を失い、彼女・彼らの多くは引退、「卒業」、またはアイドル路線からの転向を余儀なくされる。
 例えば高三トリオは、アイドルとしては2年ほどで終焉し、第一次石油ショックの打撃から回復しだした70年代後半では、例えば山口百恵は、阿木曜子と宇崎竜堂のコンビから楽曲の提供をうけ、「山口百恵は菩薩である」と評される(アイドルとは異なる)「神秘的な大人の女性」「運命の女」(ファムファタール)路線に転向した。対して純然たるアイドルであった桜田淳子は失速し、その方向転換も苦難に満ちていた。また最近ではおにゃん子クラブは「バブル」開始の1988年の前年に「卒業」しているのが象徴的だろう。またその「バブル」時代からその余波が続く90年代前半までは、アイドルは冬の時代をむかえていた。
 どうしてそんな現象が生じるのだろうか? 有力な仮説としては、不景気のときは若い世代の消費が抑制され、リアルな彼女との交際活動が低下する。それに対してより安価なヴァーチャル彼女への消費が増加するというものだ。つまりアイドルと「彼女」は経済学でいうところの代替財の関係にあるといえる。他方の「価格」の上昇が代替関係にある財の需要に影響するのだ。
 「あまちゃん」の描く08年以降もまたヴァーチャル彼女である、アイドルへの消費が増加していく時代であり、AKB48のブレイク、ローカルアイドル市場の勃興がやはりみられ、その一方で若い人たちの「草食」化が話題になった。
このデフレカルチャーの進展によるアイドル市場の勃興が、デフレ脱却を目指すアベノミクスの下でどう変化するのか。いままでの経験則同様にアイドル市場は失速するのかどうか。「あまちゃん」を見ながら毎日そんなことを思っている。

(4月25日脱稿)