ケインズのデフレ不況と金融政策in「ルーズベルト大統領への公開書簡」(1933年)


ケインズ経済学ではデフレ下での金融政策はあまり効果がないというのが常識です」という間違いをネットで見た。おそらくケインズの原典を読んだことがない人が書いたことだろう。以下では、デフレとの闘いでケインズが提案した処方箋を書いておく。ちなみに以下に整理したケインズの発言は、ケインズの『一般理論』(1936)以前の発言である。だが、平井俊顕さんの詳細な研究(その要旨はこのブログ記事参照)から、この公開書簡が発表された1933年12月にはケインズは『一般理論』への理論的展開を果たしていることを注記しておく。

 ケインズがデフレのなかで金融政策の「多大な」有効性を確信していたのは、以下のケインズの発言からも明らかだ。ちなみに同書簡が公開された1933年の米国経済はデフレの深みを経験し、また政策転換で急激に回復しつつある途上である。

 ケインズは「ルーズベルト大統領への公開書簡」のなかで、1)「改革」と「回復」をわける必要をまず主張。「改革」はいまの日本でいえば構造改革や成長戦略など構造的要因への対策を意味する。「回復」は総需要(投資や消費など)の不足から生じる不況問題(循環的問題ともいう)のこと。この区分重要である。その上で、いまルーズベルト政権が優先すべきは、「回復」(=不況対策、循環的問題への対処)であると明言。

 2)ケインズルーズベルト政権の経済政策(と政策観)を批判しているが、まずNIRA(全国産業復興法)には手厳しい。NIRAは「改革」の手段ではあっても「回復」の手段ではない。また「意図的な主要費用の引き上げや生産制限」による物価上昇は適切ではない、というのもの。「物価上昇は、通常、生産や雇用の増加の兆候となるがゆえに歓迎される。購買力が以前よりも増大するとっき、われわれは、物価上昇とともに生産の増加を期待する」」しかしNIRAは因果関係を逆に捉えて、あげくに生産制約を促しているのでダメ、というのがケインズの批判。

3)ルーズベルト政権の経済政策は、(3−1)単純な貨幣数量説を信奉しているのでダメ、(3−2)為替レートの下落(ドル安)は(購買力回復による)物価上昇の帰結でしかない。望ましい為替レートが存在していると思うのは(金とドルとの最適な交換比率が存在すると思い込むのと同根の)大きな誤解である、とケインズ

4)ケインズルーズベルトにすすめた政策は直近の政策がひとつ、続く移行期の政策がふたつ。ただしこの3つとも「回復」政策なんでタイムラブがほとんどないと見なしていい。とりあえず直近の政策は、物価安定(物価上昇)のために、イギリスと為替安定化のための政策介入を実施するという提案。移行期の政策としてはふたつ。ひとつは大規模な公的支出。具体例をケインズは自制するが、ひとつあげているのは鉄道網の整備・復興。さらにもうひとつは、長期金利の引き下げという金融政策! この最後の点を松川周二氏の訳を引用しておく。

「英国における潮流の逆転は、主として、戦時国債の低金利での借換の成功に続いた長期金利の低下に起因している。そして、それは、慎重に計画されたイングランド銀行公開市場操作によって実現した。連邦準備制度が長期国債を購入して短期債を売却するだけで、長期国債金利は、2.5%か、それ以下に低下し、かつそれが債券市場に好ましい効果を及ぼすのであるから、私にはあなた(=ルーズベルト)がそれを行わない理由がわからない。この政策は、2、3週間もあれば効果が現れると期待できるので、私はその重要性をとくに力説したい」(ケインズ『デフレ不況をいかに克服するか』106-7頁)。

 以上で、「デフレには金融政策は効果がない、というのがケインズ経済学」というのがいかに間違ったものかが、ケインズ自身の発言で明瞭だと思う。しかし訳業はさておき、松川周二氏の解説が酷い。このケインズの「ルーズベルトへの公開書簡」の解説を、貨幣数量説を批判して、そして公的支出を強調したと書いている。いま引用したように、3つの対策のうち2つが金融政策(協調介入も基本原理は金融政策の変更がないと不成立)なのに、完全に黙殺しているのはいただけない。読者は松川氏の解説によらず、直接、ケインズの発言を読むことを期待する。