服部茂幸「バーナンキは何を間違えたのか」


 『世界』の4月号に掲載されてたもの。迷惑なコメントを無視してたけど、表現も変えてきたし、こちらの根負けで掲載したコメント欄の人が教えてくれたもの。


 ポストケインズ派研究会にお邪魔する予定なので、これくらいは読んでおこうかなとか思った。服部氏はたしか、『経済政策形成の研究』の合評会のときのコメンターのお一人だった記憶があるが、ちょっと記憶に残るコメントがない。あとで松尾さんあたりに聞いておきたいところ。あのときの研究会では、世間知モデルとでもいうべき江頭進さんのコメントに刺激をうけたのでそれで記憶がとんでいるのかもしれないが。ちなみに僕は世間知を否定的にとらえてはいない。そもそも僕の想定する現実モデルには、世間知=慣習だとか勢力だとか、が決定的に重要な位置をしめるので、世間知との折り合いこそが僕の考える「現実」。このことは『経済論戦の読み方』にも書いたと思う。


 さて本題の服部論説は、今般の世界同時不況は、①バーナンキFRB議長の失敗によるものである、ということに尽きる。その副次命題として、②日本銀行にかってバーナンキが要求した「ヘリコプター貨幣」の供給を自らが行う羽目になった。服部氏ではこの種の日銀流の量的緩和政策は失敗したので、その失敗をバーナンキが辿っている。③そして世界同時不況を克服するより「強力な政策手段」への根源的な懐疑(そんなものがあるのか? あったとして効き目があるのか?)という主に3つの論点を提起している。


 ①の主張……世界同時不況は、アメリカの住宅バブルが始原。住宅バブルは、(本来、破綻リスクの高い)サブプライムローンに関わった金融機関の過大なレバレッジによって、その逆レバレッジが効く形で株価暴落が世界的危機を招いた。バーナンキ大恐慌研究(大恐慌期でも類似の現象あり)をやっていたのに、なんで金融機関の規制をしなかったのか? さらに01年からの住宅バブルの加速化を助長したのが、グリーンスパンFRBの低金利政策.ここでもバーナンキがいけない。なぜか。服部氏によれば、たとえグリーンスパンが低金利でバブルを生み出してもそれ自体は問題ないというのがバーナンキ理論。「逆にバブルが放置しても、自然に収まると主張する」。そしてバブルが崩壊して、デフレが生じても、速やかに金融緩和すれば、問題は速やかに解決するというのがバーナンキ理論。ゆえに、「世界同時不況が解決できないとすれば、その責任はグリーンスパンではなく、全てバーナンキである」。「さらに、大恐慌時や1990年以降の日本とは異なって、現在のアメリカではデフレは生じていない」。「バーナンキの主張が本当に正しいのならば、アメリカ経済の崩壊も、世界同時不況もあり得ない」。「今、問われているのは、こうした金融緩和の背後にあったバーナンキの理論である」…というのは①についての服部氏の主張。


 ②の主張……服部氏は、主要経済データをあげて2007年9月(金融緩和開始時)と2009年1月現在(統計のないものは随時それに代替するもの)の実績を比較することで、バーナンキの「ヘリコプター貨幣」=日銀流の量的緩和政策の経験の後追いは、惨憺たる結果である。服部氏のあげた経済指標は、FRレート、Baa格の社債金利、経済成長率、個人消費増加率、住宅着工件数、S&P500、家計の住宅ローン、家計の消費者ローン、S&Pケース・シラー住宅価格指数、失業率、消費者物価上昇率である。詳細は同論文を見られたい。

 「バーナンキ大恐慌の研究家として有名である。その彼が、大恐慌以来の金融危機を引起した。彼はまた日銀を批判し、「ヘリコプター貨幣」の供給を要求した。その彼は「ヘリコプター貨幣」を供給し、さらにはその効果のないことを「追試」している。彼の大恐慌研究は何だったのか、かっての日銀批判は何だったのかという素朴な疑問が生じるのは、当然である」


 ③の主張……バーナンキは09年1月13日LSEで講演して、FRBは「強力な政策手段」をもっているとし、その積極的使用を述べた。しかしそれは出し惜しみなのか、それともそんなものはないのか、この点がいま問われている。


 以上が、服部氏の論文の主張である。彼の書いた著作は未読なので特に服部氏がいかなる理由で、日銀の量的緩和政策が失敗だったかのロジックがよくわからない。しかし上に書いた点については、私なりに以下、反論する。


全体の評価……バーナンキFRBに世界同時不況の責任のすべてを負わすのは間違い。その種の評価は、今後の政策動向の評価の点でも問題をもつだろう。


①について

なぜ規制しなかったのか……事後的にみれば不十分でタイミングが遅かったが、事実上、政策当事者の中でもっとも
早い段階で規制の必要性を唱えていたのはバーナンキである。住宅市場への規制(市場を冷え込ませないことに配慮しながら)の必要性と同時に*1、「世界貯蓄過剰」の問題性(新興国経済の投資機会開拓の必要性など)も主張していた。どのようにしてこれらの金融規制と世界貯蓄過剰のはらむ問題をソフトランディングさせていくかが、07年からのバーナンキの取り組みであった。その延長上に、今般のマクロプルーデンシャルな金融規制の枠組みを、彼がリードしていることにもつながる*2


服部氏によれば、たとえグリーンスパンが低金利でバブルを生み出してもそれ自体は問題ないというのがバーナンキ理論。「逆にバブルが放置しても、自然に収まると主張する」。そしてバブルが崩壊して、デフレが生じても、速やかに金融緩和すれば、問題は速やかに解決するというのがバーナンキ理論。………バーナンキはバブルの認識困難性については語っているが、バブルの自然収束など主張していない。またバブル崩壊しても、速やかに金融緩和で対応することさえも実は疑問。特定の資産価格の「バブル」が崩壊してもそれがマクロ経済状況を悪化させないかぎり金融緩和で速やかに対応することは原則的に採用しないのではないか。また速やかに金融緩和すれば、問題が速やかに
解決するかどうかは、金融政策の効果のラグを考えた上でバーナンキがそもそもそのような発言をしたのか疑問。


②について……服部氏は「ヘリコプター貨幣」の失敗例として、07年からのデータをあげているが、これはおかしい。なぜならFRBの政策手段はFFレートを中心とするもので、マネタリベースの急拡大を服部氏の「ヘリコプター貨幣」とするならば(正確にはこれも服部氏の誤解)、それは昨年の9月以降に現象している。その効果を計る上で、服部氏のあげた経済指標は妥当とはいえない。

 さらに日銀の量的緩和政策と現行のFRBの信用緩和政策は異なる。これは政策当事者の認識でもある。この点については、以下のバーナンキ、イエレン、そしてecon2009さんの整理を参照のこと。

Federal Reserve Policies to Ease Credit and Their Implications for the Fed's Balance Sheet
http://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/bernanke20090218a.htm

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090112#p1
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20090111/yellen_frb_boj_difference

http://d.hatena.ne.jp/econ2009/20090114/1231906496

http://d.hatena.ne.jp/econ2009/20090115/1232017263

http://d.hatena.ne.jp/econ2009/20090121/1232467890

 以上がQualitative easingもしくはQuantitative easingに関するBuiter教授の解説である。かなり端折って纏めているため、是非原文をお読み頂ければと思う。なお、Buiter教授は続けて、FRB,BOE,ECBの金融政策につきQualitative easing、Quantitative easingの視点から整理をおこなっている。これらの三つの中央銀行はQualitative easingとQuantitative easingを組み合わせた政策をさらに進めていくことになるだろう、FRBは三つの中央銀行の中で最も緩和を進めている、BOEは民間証券の購入等々は行っていないが、追々進めることになるだろう、というのがBuiter教授の見立てである。金融危機及び実態経済の深刻化の状況を鑑みると確実にそうなるだろう。そしてBuiter教授が述べるように、興味深いのはECBの動向である。ECBは図表2のL(P)及びPに関する枠組みは既に有しているのだが、バランスシートを拡大させるという非伝統的な金融政策(上記のQualitative easingとQuantitative easingを組み合わせた政策)に踏み込む際に、信用リスクを引き受ける相手先の財務省(政府)は一体誰になるのだろうかという問題が付きまとう。日本銀行は現在のところQualitative easing、Quantitative easingには消極的にも見えるが、Buiter教授の議論から考えると、政府(財務省)に対する不信、政策協力がなされておらずそのつもりもない(!)という事情が背景にあるかもしれない。勿論そのような事態が誤りであるところを期待したいところだ。


③について……理由が不明確なので、その「強力な政策手段」の服部氏のドクサについてはなんとも論評できない。②に指摘したように、服部氏の側に日銀の量的緩和=現行のバーナンキFRBの政策 という図式が前提とされているようだが、それはecon2009さんの整理を読めばわかるように、正しくはない。


 冒頭にも書いたが、過去の日銀の量的緩和政策といまのFRBの「信用緩和」を同じものとみなすことは、今後の政策動向の評価を誤らせるものである。



 かなり眠い中で書いたので荒いコメントなので必要なときに整除予定。