ルーヨ・ブレンターノ『わが生涯とドイツの社会改革―1844~1931』


 まさかこの本が翻訳されるとは。さすが中途半端な翻訳大国日本。ブレンターノはドイツの歴史学派の経済学者というよりは、事実上ドイツでの新古典派経済学の先駆者のひとり。日本の経済学や社会政策にも非常に大きな影響を与えた人。労働者と雇用する側が交渉で賃金などの労働条件を決める際に、労働者側の交渉力は雇用者側に対してきわめて弱い。なぜなら、労働者の提供する労働サービスは保存が不可能であり、彼はこの労働が売れなければ生きていくすべがないので、売れる見込みが難しければどんな悪条件でも呑まずにはいられないからである。そのために国家が労働者の交渉力を補う様々な制度を設定する必要がある、とブレンターノは考えた。ブレンターノの交渉理論が前提とする国家による法的規制のほとんどは取引費用ゼロとみなせる環境制約条件であり*1、その意味で市場の完備を目指した政策を提言していたとみなすことができる。


わが生涯とドイツの社会改革―1844~1931 (自伝文庫)

わが生涯とドイツの社会改革―1844~1931 (自伝文庫)

*1:この点については荒井一博『文化の経済学』文春新書に詳しい