スーザン・ストレンジ『カジノ資本主義』


 最近、岩波から文庫で再発されたもの。ただし原著者の何か新しい文章は収録されていない。この本の翻訳がでた88年はバブル初期の世の中であり、題名が非常に時代に適合していた。日本の経済論壇との関連でいえば、この後、ストレンジの諸説は例えば宮崎義一の一連の著作に吸収されていく。以下に毎度のことだが僕の関心にあったところだけを書いてみる。


 カジノ資本主義というのは非常に曖昧な概念だが、変動為替相場のリスクをヘッジするために、企業活動の地理的な分散が広がっていき(=多国籍企業の成長)、それがさらなる為替市場の変動性(カジノ化)をもたらしていき、また一巡して多国籍企業の多国籍化に拍車、以下順に……という正のフィードバック機構として、ストレンジはこのカジノ資本主義の特徴を描く。このようなカジノ資本主義では政府の権能は弱まり、市場の権能は次第に増大していく。


 このカジノ資本主義における市場の権能の増大は、国際通貨システムの不安定性を増大してしまう。なぜならこの信用メカニズムには「最後の貸し手」が不在しているからである。またストレンジはカジノ資本主義の中核は貨幣的・金融的な要因の不確実性にあるとして、これを分析対象にできない「ケインジアン」に批判的である。ストレンジがカジノ資本主義の理論的分析の中核にすえたのは、ジンメルとフランク・ナイトの経済学である。ジンメルについてはここでは触れない。以下ではフランク・ナイトの不確実性の経済学についてのストレンジの解釈を紹介する。


 ストレンジによれば、ナイト独自の不確実性(先験的に計算可能な確率や経験的な確率とも異なるもの)への対処として、保険と投機を重視する。つまり不確実性のもたらすコストを企業家が引き受けるのではなく、投機の専門家に負担させることでこの不確実性を最小化しようとするわけである。ナイト的な不確実性の蔓延する世界では情報と統計に対する需要が増えるだろうとナイトは予測していたといい、彼はまたコンサルタント業の拡大を予見してもいたという。

「ナイトは、投機を自由な企業経営の補完物として、不確実性にもかかわらず、機能の専門化をとおして社会が経済的進歩を達成させるいまひとつの方法としてみていた。投機を許すことによって、言い換えれば、進んで引き受けてくれる者に不確実性を負担してもらうことによって、社会はいっそうの専門化を進めることができるようになる」(155)


 不確実性への対処としての投機市場の中核は、先物市場である。先物市場の核は市場参加者の価格予想によって取引される財・サービスの価格が変化することである。当然に、この価格予想もナイト的不確実性を抱える。投機市場はナイト的不確実性を回避するために生まれたのにもかかわらず、そこで専門的職業に従事するブローカー、ディーラー、オペレーター、評論家、エコノミスト、コンサルなどなどがもたらすナイト的不確実性(専門家でも原理的にゼロにできない不確実性)をも膨張させてしまう。これをストレンジは「リスク回避的対応の悪循環」と命名している。


 ところでカジノ資本主義は国家の権能を超えているとはいえ、国家からのショックによってその不確実性を増大してしまうという。その典型は当時(いまも)債務危機を抱えるアメリカ経済である。カジノ資本主義の不安定性を回避する方策として、ストレンジはアメリカ経済の安定的な経済管理の必要性を強調している。その他にもいくつかの制度改革的な提案があるが僕にはどれも意味がよくとれない。むしろストレンジの将来予測はきわめて暗い(そもそも彼女のカジノ資本主義自体が定義からして暗いものは暗い、だからお先も暗い、といっているだけにしか思えない)。彼女の遺作である『マッド・マネー』でもそのうち読んでみたいものである。


カジノ資本主義 (岩波現代文庫)

カジノ資本主義 (岩波現代文庫)