マルクスとリフレ

 Elleの遺跡のパートナーのびたさんに教えてもらった苺掲示板での発言


<やっぱり松尾さんみたいに「マルクス主義」プラス「リフレ」って立場が成り立たないってことじゃろう>


 松尾匡さんの立場はよく知りません(反経済学批判はなぜかよく知ってますが 謎 あと吉原ー松尾論争などは最近知りました)。ただ「マルクス主義」というか「マルクス経済学」と「リフレ」は両者の具体的な中味次第ではプラスできるものだと思います。俗称「熊留守」本、正式名称『マルクスの使いみち』の前半部分の主役ともいえるのが高須賀義博先生の『マルクス経済学の解体と再生』ですが、この本は僕も高須賀先生の『鉄と小麦の資本主義』とともに思いで深いものです。


では、とりあえずバブルへGO!


 時は91年春。まだ日本経済にはバブルの余韻が油ギッシュしていた時代でございます。まだ現在論壇で活躍されているリフレ派諸氏も厚顔じゃない紅顔の美少年・美少女でした(僕抜かす)。修士課程で友人の陰謀?に陥いり、うっかり受講したのが高須賀先生のマルクス経済学の講義でございます。ここでのテキストはキング編集の『マルクス経済学』の第三巻です。この選択をしていただいたことが決定的に私のマルクス理解に貢献しました。この編纂本には、ご存知の方も多いと思いますが、マルクスケインズの関連をめぐったフォーリー、サルドニ、ケンウェイ、ディラードなどの諸論文が収録されています。どちらもマルクスケインズ景気循環論(恐慌論)の相似性と補完性を論点にするすぐれた論文でした。簡単にいうとケインズマルクスの技術的失業を取り入れることで、そしてマルクス有効需要の原理を取り入れることで互いによりすぐれた理論になるだろう、というのがこれらの論文の主張です。さらにケインズマルクスもともに貨幣の保蔵ということが深刻な不況の局面で重要な役割を演じることも注目されていました。


 高須賀先生の授業はこれを履修者に報告させる形式でした。私は修士課程のテーマがセー法則の学史的研究というものでしたので、フォーリーとディラードを報告素材に選びました。ほかのサルドニ、ケンウェイは博士課程の人たちが報告してくださり非常に分かりやすく、また高須賀先生のこれらの論文の背後にある論争史を意識したコメントも非常に面白く拝聴しました(いや、当時は人生がかかってたので必死でノートしましたが)。私はディラードの論文を報告しただけに終わりました。途中で高須賀先生の新作である『鉄と小麦の資本主義』が上梓され、これの書評と輪読をすることが入ったからです。この書評を書くときに、高須賀先生が「これから君たちは書評を書くこともあるだろうからいまのうち練習したほうがいい」とおっしゃいました。このアドバイスと実践は、ここ5年あまりで100本を超える書評を商業誌に書きましたが、絶えず私の脳裏によみがえることになり、いまでも感謝しています。


 しかしフォーリーの報告自体は悲しいことに先生の逝去によって実現できませんでした。フォーリーは先に書いたケインズマルクス景気循環論を需要の自律的変動に注目して両者を接続した論文でもあり、このエントリーの冒頭にあるように「マルクス経済学」と「リフレ」の接続を可能にするひとつの理論的な試みだといえるのではないでしょうか。フォーリーの本はいまでも入手可能ですので、嫁でなんですがw(フリーランチはそうそうないものですよw)、以下の本などを参照してください。


資本論を理解する―マルクスの経済理論 (りぶらりあ選書)

資本論を理解する―マルクスの経済理論 (りぶらりあ選書)


 さて高須賀先生についてはその後ふたつのことを思い出します。私の処女作『沈黙と抵抗』の原型になる報告?講演?を松山大学で開催したときですが、その参加者から松山時代の高須賀先生の10代真ん中ぐらいに書かれた平和論の作文原稿を託されたことは奇遇でした。もうひとつは、今回のエントリーとも関係しますが、高須賀先生の生産性格差インフレーションという構造的インフレ論の流れを継ぐと、ご自身が明言されている渡辺努氏の一連のペーパーや『新しい物価理論』での相対価格デフレーション論という構造的デフレ論を読んだときです。この渡辺氏の理論が高須賀マルクス経済学の再生だという趣旨を真にうければ、その構造的デフレ論は自然利子率*1への長期的ショック(高齢化による貯蓄過剰、将来不安など)を緩和させる役割をいくつかのリフレ政策のメニューに(実践的にはかなり厳しい条件のもとで)割り当てていることなどは、ここの冒頭の「マルクス経済学」と「リフレ」のプラスの一例といえなくもないでしょう。


参考
http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/economic-review/200110/page2.html


 ちなみに渡辺氏の主張といわゆるリフレ派の見解の相違は以下の本を参照ください。

論争 日本の経済危機―長期停滞の真因を解明する

論争 日本の経済危機―長期停滞の真因を解明する

 

*1:この概念を用いた今般の長期不況論の展望については拙著『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)の第4章以下をご覧ください